もうひと勝負と誤算

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相馬は反射的に左手で顔面を守ろうとするが、その手首を銀太は右手で掴み、左手に持ち替えると、相馬の右首横に押し付けるようにして抑え込んだ。 これで完全に、相馬の左手の動きは封じられた。 「お前の所為で、子供が2人も死んだぞ?」 銀太は相馬を見下ろし言った。 「だからなんだ? 大事の前の小事だ」 この状況でも、相馬の態度は変わらない。余程自分に自信があるか。——あるいは他に何か作戦のがあるのか? 「俺は、お前らみたいな大義名分だけ掲げて、子供を不幸にするだけの大人がバカだから大嫌いだ。お前みたいなバカが何を考えてるか知らないし、知る必要も無い」 銀太は空いている右の拳を振り上げると、相馬の顔面に振り下ろした。 ドカッ! と鈍い音が闇の中に聞こえた。 銀太は何度も相馬の顔に拳を叩き下ろした。 拳が顔面を打つ鈍い音は、闇の中で冷たく一定のリズムを刻む。 ……なんだ? 制裁のつもりか?  そんな中でも、相馬は冷静だった。 やはり、まだガキだ。甘いな。 相馬は空いた右手の人差し指をピンと伸ばし、銀太の左目を狙って素早く放つ。 銀太はさっと右に首を傾け、相馬の目潰しを避けると 「甘いな?」 そうさっき相馬が思った事を、声にして返した。 銀太の想定内の攻撃だった。 ある程度動かす事の出来る右手で出来る、最大の攻撃はそれくらいだ。 致命傷を与える事は出来なくとも、一瞬怯ませれば逃げる隙が作れる。 銀太は右手で、相馬の伸ばした右手を掴み、相馬の顔の前で、首を挟むように、両手をクロスさせ押さえつける。 「で? どうする? お前の両手も塞がったぞ?」 「ああ、そうだな——」 「後ろの警察に引き渡すか?」 相馬は笑った。 「…………いや。」 「——————ッ!?」 相馬の顔が青ざめる。 グシャッ!!? 闇にさっきよりも大きく、鈍い音が響いた。 銀太は背筋を思い切り反らすと、自分の頭を、身動きの取れない相馬の顔面に叩きつけたのだ。 拳よりもずっと強烈な1撃だった。 額の骨は頭部で一番分厚い。 拳で思い切り額を殴れば、拳の方が破壊される程だ。 それを、鼻面に叩き込まれるのだ。 相馬はたまったもんじゃ無い。 額に反して、複雑な形状で内部に目玉などの臓器を収める為に、穴だらけになった顔面の骨は弱い。ボクシングの試合などでも、右眼窩底は良くある。鼻もすぐに折れる。 銀太はもう一度、背中を思いっきり逸らした。 次の攻撃だ。 流石にこれを続けられては、身が持たん!? 六道丸コイツをどうにかしろ——。 相馬は念じるが——。 だが六道丸は来なかった。 相馬は目だけを動かし、六道丸を見る。 六道丸の体に、涙牙の触手5本全てが巻きついている。 それも、触手を伸ばせるだけ伸ばして、何重にも巻き付けててあった。 あんな触手数巻き程度なら他愛もないが、何重にも巻き付けられていては、話は別だ。 細い糸であっても、何重にも束ねて巻かれたら、(ぶっと)いロープと変わらない。 なるほど、そういう事か? 相馬はやっと気付く。 俺の身を案じてじゃ無い。 まずは、あえて六道丸に効かないと分かっている攻撃して、意識をそちらに向けさせた後で、その隙に俺を抑え込み、俺を抑えてる隙に今度は六道丸の動きも封じた訳か? 全部、計算尽くだ。 最初から、俺を狙っていたのだ。 涙牙で俺を最初に狙わなかったのは、それではその隙に六道丸の攻撃を涙牙が受ける可能性があったからだ。 俺の意表を突き、波久礼が直接攻撃。 俺が波久礼に気を取られてる隙に、今度は涙牙が六道丸を完全に抑え込む。 涙牙は六道丸に勝てないが、抑え込む事は出来ると算段したのだ。 油断しきって六道丸を自律攻撃モードにして置かなかったのは、完全に俺のミスだ。 本当に、なかなか考えてるな? しょうがない。 今回は俺の負けだ。 今だけ大人しく捕まるか? SSDTとやらの内部を知るにも、一回捕まるのは良い機会だろう。 それにしても、コイツはいつまで俺の顔面に頭突きを喰らわせ続けるつもりなんだ? もう抵抗は一切してないぞ? それでも銀太は全く手を休めず、力も抜かずに、渾身の力を込めて頭を相馬の顔面に叩き落とし続けていた。 闇の中に鈍い音が響き続けている。 どういう訳だっ!? このままでは俺を殺すぞ? キレちまってるのか? あのデカイのは——。止めろよ? お前の相棒は、お前と同じに、人の道を外れる事になるぞ!? どうした? 相馬は士鶴の方を見るが、こっちをじっと見ているだけで、止める様子もなかった。 「ねえ!? あのままじゃ——」 真鍋が士鶴に言う。 「……。」 「ねえって!? 銀太君、相馬の事殺しちゃうわよっ!」 「せやな」 「せやなって!」 「銀太の過去も調べたんやろ? あいつは能力に目覚める前に、自爆テロの巻き添えを喰らっとる。その時に、使われたのが女の子やった」 「……女の子?」 「少し前に、少女の地縛霊に悪戯しとったバカ供が居てな? 銀太、危うくそいつら殺し掛けてるねん」 「殺し掛けてる!?」 「勿論殺すつもりはその時無かったが、死んでもええって目ぇしとった。その時に分かったんや。なぜ銀太が涙牙の力を欲したか。もう一度同じ状況になったら、止める為や」 「止めるだけなら、別に拘束してしまえば——!?」 「今の警察にアイツを縛って置けるんか? ワイも呪術や霊力の研究は人並み以上にして来たが、識なんて知らんかったで? そっちも全然なんやろ? そもそも、識に関しては現行犯を実力行使で潰す事が出来ても、術者は現行法で縛る法律があらへんやろ? 所謂、不能犯や。長期の拘束すら難しいんちゃうか?」 「……それは。」 「あいつは存在している識を操るだけでなく、今回みたいに自ら識を生み出す事も出来るようや。此処で逃して、後に大惨事起こされて後悔する位なら、此処でやっといた方がええ。ワイは相馬の死体を完全にこの世界から消す。あんたは、事務的な事を頼むで?」 「相手は極悪人でも、人を殺すのよっ!? どういう事か分かってんのっ!? これから、銀太君は嫌でも相馬の命を背負って生きて行かなきゃいけないのよっ!? それがどんな事かっ!?」 「おかしな事言うの? 真鍋さんかて、1人殺してるやんけ?」 「直接、手を掛けるのとじゃ訳が違うわよっ! 私は吠兎が代わりにやってくれた……。殺してと命じただけ。人を殺すにしたって、自らの手で殺すんじゃ……。」 「大丈夫や。ワイらは強い。どんなに重くとも、じきにその重さになれる」 「慣れて——っ! ……慣れて、また同じような事が起きたら、相手を殺してあなた達は解決するのっ!! ずっと、そんな事繰り返して行くのっ!? そんなの、ダメよっ!!」 「ワイの事、調べたんちゃうか?」 「えっ?」 「直接手ぇ掛けてへんだけで、殺したも変わらん事を、ワイは沢山のヤクザにして来とる。兄貴分に頼まれただけで、別になんの恨みも無い奴らを、この世界から消して来たんや。もう手を汚す事なんぞ、慣れてんねん」 「……なんて事。」 「なんや? そこまでは調べてへんのか? 不能犯やから、ワイを警察はどうにも出来(でけ)ん。相馬と同じや。——まあ、そういうこっちゃから」 
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