1: 六年前の春に

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「ねぇ、私もノア君って呼んでいいー?」 「なぁなぁ俺も!何かカッケーし!」 有史の席には人が群がっている。”ノア君”と呼ばれた有史は一気にクラスの人気者になっていた。五年生になって一週間。周りは徐々にグループが出来てきていた。 僕はクラスの中で地味な立ち位置だった。それでも変に目立つより、この方が落ち着くので悪くはなかった。 チラッと前の席の有史に目を向ける。 英語も喋れるし、目鼻立ちがくっきりして睫毛も長くて、誰が見ても格好良いと言う。それに体育では男子の中で一番足が速かった。そして常に女の子が有史に対して手紙を送ったり何かをあげたり、モテモテだった。 それはいいんだけど、有史は何故か僕につっかかってくる。前の体育の授業の時なんて、僕が走り出した瞬間に誰よりも大笑いして『遅いんだよ』と一々文句を言いつけてくる。 周りのクラスメイトはそんな事言ってこない。そんな酷い言葉を言うのは彼しかいない。そして何よりも厄介なのは周りは僕と仲が良いと勘違いしているのだ。 それはそうだ。だって一番喋っているのが有史だし。…ある意味、仲が良いのかもしれない。 「おい、恭」 「いたっ…何?」 「鉛筆貸せよ。いつもの」 「何で、自分の使いなよ。…痛っ!分かったから!」 口をへの字に歪ませ、睨みながらグイッと髪の毛を引っ張られる。いつものように敵わなくて、痛みですぐ降参した。 机に置いてある筆箱を無理やり取られて某モンスターの絵柄の鉛筆が取られた。昨日ちゃんと鉛筆削りで研いだラスト一本だ。 綺麗な髪色、顔、瞳。そんな見た目と裏腹にガキ大将みたいで嫌がらせをしてくる男。 けれど鉛筆を使ったらいつの間にか筆箱に返されている。 でも有史の机には筆箱と鉛筆だってあるのに意味が分からない行動なのだ。 …なんでわざわざ僕のを? 「あ!いいなー俺も貸して貸して!」 そしてもっと謎なのは、クラスの人が僕らのやり取りを見て有史が持っていた僕の鉛筆を取ろうとした時、鉛筆をクラスの子から遠ざける。 「これは俺のだ。それにコイツは俺のパシリ専用だから」 「え~何だよそれ~!ノアだけ独り占めかよ!」 何故か他の人が僕と関わろうとすると、余計に怒ってしまう。ていうかいつから専用になったんだろう。きっと独占して意地悪をし続けたいんだろうな。 「あのさ、ノア…」 皆がノアと呼ぶのが少し羨ましかった。軽い気持ちで勇気を振り絞って話掛けてみようと初めて名前を呼んでみた。すると、とんでもなく冷たい顔で見下ろされてしまった。 「お前が俺の事をその名前で呼ぶんじゃねーよ。日本語喋れないやつに呼ばれる筋合いはない。お前は有史って呼べよ」 そう言ってギロッと睨まれるその目が怖くてコクッと頷くだけだった。これで反抗したら倍返ってくると分かっていた。頷くとプイッとそっぽを向いて有史は男子の輪に入っていってしまった。 …正直ちょっと傷ついている自分がいる。皆は別の呼び方なのに自分だけ違う。疎外されている事がよくわかる。何でこんなに嫌われているのか、冷たくされているのか。それでも有史は僕から離れようとはしない。嫌いなら放っておけばいいのに。 考えても何も分からないままだった。
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