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はじまり
深い眠りに落ちていた。
亡くなった母が、悲しげな顔で何か言っている夢を見ていた。
何を言っているんだろう。何を、私に伝えたがっているんだろう。
一筋の光すらない、息苦しいほどの闇なのに、母の姿だけは見て取れる。
母の声が聞きたくて濃厚な暗闇を泳ぎ母に近づこうとしたが、その夢から無理矢理に引き上げられた。
「――様。史乃様!」
強い力が肩を揺すっている。
目を開くと、薄暗い中、自分を見下ろす人影がぼんやりと見えた。
眠りについたのと同じ、自分の寝所。上質な調度が程よく並んでいる、だが華美ではない部屋。
いつもと同じはずが――いつもと違う、きな臭さが鼻を刺した。
「白露……この臭いは……」
褥に起き上がると、部屋の中が霞んでいることに気付いた。
頭が一気に覚醒する。
史乃と呼ばれた少女ははじかれたように布団の上に立ち上がった。
「白露。火事なの!?」
「史乃様」
「皆を直ちに避難させて!」
乱れた夜着も構わず裸足で駆けだそうとして、足元の青年に手を掴まれる。
「史乃様!敵襲です。ここから離れます。ご準備を」
いつも穏やかな護衛――白露の声が、硬く、緊迫している。
まだ自分は夢の中にいるのではないだろうかと思ったのは一瞬だった。
見返しても、白露の表情は強張ったままだった。
冗談でも、夢でもない。
史乃は頭のどこかで事態を否定しながら、それでも受け入れた。受け入れざるを得なかった。
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