プロローグ

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プロローグ

 重低音と観客たちの群舞がフロアを揺らす。  マイクを通して増幅された鋼の咆哮が箱に充満した熱気をさらに煽りたてる。  六弦が奏でる旋律がそれらのうねりを纏め上げ、夜を彼らの色に染めてゆく。  音楽好きな海人族の男が雄たけびを上げ、小妖精(エルフ)たちが光の魔法でフロアを照らす。獣人の女性客などはすでにシャツを脱ぎ捨て艶美な肌を晒している。果ては悪魔族までがそれらの光景に歓声を上げて酒を飲み干す。  第五指定怪獣都市・札幌。  街がフォールダウンし、数十年がたった今でも夜の街(ナイトシティ)・ススキノは誘蛾灯のように人々を惹きつけてやまない。  かくして繁華街のライブハウス〈MOLE〉では今宵も乱痴気騒ぎが繰り広げられていた。  騒ぎの中心にいるのは大抵いつも同じ五人組――アマチュアロックバンド『ブラッド・サック・マーダラーズ』の面々だ。物騒なグループ名とは裏腹に彼らのサウンドは人間のみならず異種族をも魅了する。彼らの演奏がある夜は人間も異種族も関係なく綯交ぜになってライブを楽しむ。  ボーカル、佐渡島蘇芳(さどしますおう)。  ギターボーカル、斑目由岐(まだらめゆき)。  ベース、トロイメライ・トロイダル。  ドラムス、斑目ルエ。  キーボード、機多要(きたかなめ)。  鋼のごとく空気を軋らせ咆える蘇芳の歌声。それに負けじと由岐が変幻自在の雷音を奏でる。ベースのトロイメライが六弦を鳴らしながらも場をかき混ぜれば、そしらぬ素振りで要が騒ぎに華を添える。そして由岐の兄であるルエがなんともなしに彼らの個性を束ね上げる。  彼らが渦中のバンドメンバーであり、数奇な絆で結ばれた青年たちだ。  二〇二〇年早春――フォールダウン。  〈奈落禍〉とも呼ばれるこの大惨禍は、人々の生活のみならず、それまでの世界の在り様をことごとく変えてしまった。そして世界にはそれに適応して存続するほかの道が残されていなかった。世界は否応なしに進化する道を迫られたのである。  フォールダウン。すなわち、世界各国の主要都市及び日本列島が突如開いた次元の裂け目に飲み込まれるという世界同時多発的大怪奇現象を示す名称だ。  日本が異界の裂け目に飲み込まれた後。瘴気がこの世に溢れ、陰と陽の逆転現象により、世界は異形と化していった。あの世がこの世に雪崩れ込んできたのだ。  これにより、各主要都市は超大型異形都市――通称〈怪獣都市〉と成り果て、大都市を中心に異界の者どもが流入した。小妖精(エルフ)矮人(ドワーフ)、吸血種、悪魔族、天魔、獣人族、海人族といった異形の存在が。  彼らの大半はまるで約束事でもあるかのように異界と現世の狭間に産み落とされた怪獣都市で人と共存し隣る道を選び、人間相手――国家レベルのやりとりも含む――に様々な商売を始めた。その最も大きな影響は、これまで科学エネルギーによって支えられてきたインフラストラクチャーが魔導や呪術といった未知のエネルギーを駆使する概念構造にその依代を預け始めたという点だ。  また、異形化した都市はそれ自体が呪われた巨大生命体〈怪獣〉となり、超巨大異形生物として認識を改められることになった。  都市は移動もするし、呼吸し、新陳代謝する。日々その構造が変化し、新領域が誕生し、旧領域が腐り朽ちていく。時には都市より大きな異種族が都市を喰らい、膨れ上がった怪獣都市が異種族を喰らうことさえある。  ひとつ確実に言えることは停滞を余儀なくされていた人も都市も変化せざるを得なくなったということだろう。  たゆまぬ変化。その先にあるのは進化だ。  そして人々はその流れの果てに何があるのか知らぬまま泳ぎ続けている。  これはそんな時代のなんてことない物語だ。  
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