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後編
「あらあ。久しぶりじゃない、シマちゃん」
バーの扉を上げると、懐かしいママの声。たった半年間だけなのに。
「ちょっと他県で仕事いってたんだ。もう今日から戻ってきたんだけどね」
僕はカウンター席に座り、オーダーをする。ジンから始まって、もう何杯目だろうか。マンハッタンを飲むころにはママがオーダーをストップするように言ってきた。
「そんな荒い飲み方して、どうしたのよ」
ママの言葉をぼんやりと聞きながら、ため息をつく。このバーにくるとやっぱりタキくんを思い出してしまう。
結局、赴任中もタキくんを完全に忘れる事は出来なかった。
赴任先の街にも同系列のコンビニがあって、コンビニの制服を見るたびにタキくんの姿と、あの声を思い出していた。女々しいな、と我ながら思いつつ、そんなに気に入ってたなんて。そんなに好きだったなんて、学生かよ、僕。
「今日は酔いたい気分なの!」
呂律が怪しくなっているのは、分かっている。でもやっぱりつらくてやるせないんだ。
おかわり、とグラスをカウンター越しのママに渡そうと手にしたとき、後ろからニュッと手が伸びてきて、そのグラスに蓋をするように掴んだ。
「シマさん、飲み過ぎッスよ」
少し低い声。手のひらの火傷の痕。僕はそれを見て一気に目が覚めた。慌てて振り向くと、そこに立っていたのは…
「今日は遅かったわねぇ、タキくん。そのグラス貰っとくわ」
ママはキャップをかぶったタキくんからグラスを受け取ると、代わりにお水の入ったグラスを僕の前に置いてくれた。
僕は心臓がバクバクいっているのがタキくんに伝わらないか焦りながらも、久々に見る姿に見惚れていた。キャップから覗く柔らかそうな髪。筋肉質な腕。ああ…本当のタキくんだ。
それにしても気まずい。そりゃそうか、あんなにメールもらってて返信してなかったし。
「シマさん」
心地よい声で名前を呼ばれて、不意に泣きそうになる。やっぱり飲みすぎかな…
「何でメールくれなかったンスか」
「忙しくて」
「一言くらい、送れるでしょ。急にいなくなっちゃうし…俺心配してたんスよ」
タキくんはやんわりと僕を攻めていく。うう、何だかもう居た堪れなくなってきたぞ….
「…おっ、お前が薄情者だから」
「はあ?」
「だってこんなに仲良くしてたのに、好きな人がいるとか!思わせぶりなことしてたのに、僕は…」
じわじわと目の淵が熱くなってきた。あ、ダメだこれ。泣いちゃう。
こんな僕を見て、タキくんは小さなため息をついてポケットから財布を取り出した。
「シマさん、今日はもう帰ろ」
何やってんだろ、僕。
タキくんにもたれかかるようにして、夜の街を歩く。足元がおぼつかなくなるまで飲んでしまった僕。飲み代はタキくんが払ってくれていて、そのことに気付いたのは、繁華街の奥にある小さな公園のベンチに座った頃だった。
「大丈夫?」
タキくんの言葉に頷きながらも、大丈夫じゃなかった。 とにかく気持ち悪い。
「無理…吐く…」
「シマさんあっちで吐こう?」
体をやんわりと抱えられ、公園内の公衆トイレまでタキくんが付き添ってくれた。
出すものを出したら、ようやく落ち着いてきた。僕は手を洗い、口をゆすぎ、顔を洗った。こんなになるまで飲むなんて大学生以来だろうか。さっきよりはしっかりとした足取りで、タキくんの待つベンチに戻る。
「タキくん、ごめんね」
年下に介抱されて、みっともないところを見せて、恥ずかしい。
「とりあえず座ろうよ」
言われるままに隣に座る。ちらと公園にある時計を見ると午前一時過ぎ。明日が休みでよかった。
自販機で買ってくれていたミネラルウォーターを受け取り、口に含む。ああ冷たくて、気持ちいい。
「シマさん、俺のこと好きなんスか?」
突然、そう言われて僕はミネラルウォーターを吹き出しそうになった。
な、なんでそれを!と思ったけど、そう言えばさっき口走ってしまったような…。僕は観念して頷いた。
「…そうだよ。勝手に好きになってさ。勝手にタキくんといい感じになってるなんて思い込んでたんだ。ごめんな。だからメールするのもつらくて…」
そこまで言ってだんだん恥ずかしくなってきたので、僕は話題を変えることにした。
「あっ、僕のことはいいんだけどさ、どーなったの?タキくんの好きな子!うまくいった?」
へらへら作り笑いをしながらそう言うと、タキくんはキャップを取り、膝の上に置いて、答えた。
「うまくいく見込み、最初からなかったんスよ。アイツは幼馴染で…いま、俺の妹の彼氏なんで」
「…へ?」
「だから告白できなくて。でも向こうから言われたんです。自分のことが好きなのかって。バレてたみたいで」
「……」
「でもアイツ、こう言ったんです。『こんなとこまで仲良い兄妹なんだな』って笑って。アイツ、ノンケだから嫌だろうなって思ったのに。でも俺を否定しないでいてくれた。だから俺は逆にもう妹にアイツを渡すことにしたんです」
可愛い妹なんス、と苦笑いするタキくん。どんなに辛かったのだろう。好きな子が妹と付き合うなんて…
「そう思ったら、一気に吹っ切れて。俺、実家住みだったんスけど、家を出て一人暮らしにしたんです。吹っ切れたとは言え、妹がアイツの話するとまだムズムズするから」
でも最近は逆に仲良くやってるのかって、たまに聞いてやるんですよと笑う。
「で、あのコンビニが遠くなったし…それに」
ヒュウ、と春の風が吹いてタキくんのキャップが飛んでいく。それでもそのまま、タキくんは話す。
「シマさんがいなくなったから、あのコンビニでバイトしなくてもいいやって」
ドクンと胸が高鳴る。
「…お前っ、またそうやって…」
期待を持たせるようなことをいうな、と言おうとした時。タキくんの顔が近づいてきてアッという間にキスされた。
「…?!」
柔らかい唇の感触。離れてすぐ僕は慌てた。
「な、なに…さっき吐いたばかりなのに」
口はゆすいだけどさって、そんなことが問題じゃなかった!何で、キス…
「薄情者はシマさんっすよ!会えなくなって寂しかったンスから!」
そのままタキくんはギューッと僕の体を抱き締めてきた。ほのかに香るタキくんの香水。僕は自分の腕をタキくんの体に回すと、さらにタキくんは僕を強く抱きしめた。
そのあともう一度キスして、公園を出た。さっきまでヨロヨロしていた足取りはもうしっかりとしていた。
「シマさん、俺の部屋に来ます?」
「へ…」
その言葉が何を指しているか、分からない訳ではない。僕は唾を飲み込んでタキくんの顔を見た。飛んでいったキャップをかぶったタキくんの顔は少しだけ照れ臭さそうだ。
「…コンビニ、寄らなくてもいい?」
「いい。ポケットに入ってる」
「ちょ、何で持ち歩いてんの」
僕は思わず笑うと、タキくんも笑い出す。
「たまたまッスよ」
電車で向かったタキくんの部屋にはたくさんの観葉植物。淹れてくれたお茶をテーブルに置き、趣味なんだとタキくん。へぇ、何だか意外。
「なんか植物って、癒されるから」
「ふぅん。あ、あっちのカッコいいな」
レザーのソファの横にある大きな葉っぱと茎の木。存在感がハンパない。
「こいつはクワズイモ。ワイルドでしょ」
お茶を飲みながら僕は部屋を眺めていた。インテリアもかっこいいし、タキくんにますます惚れてしまいそうだ。
「シマさん、俺何でゴムをポケットに入れてたか分かった?」
「え?」
「もう誰でもいいやって、思いながらあの店に行ってた。だけど…やっぱり無理で」
僕がギョッとして口をぱくぱくしてると、タキくんが苦笑する。
「よかった、今夜シマさんがいてくれて」
うわああ!危なかった!今日行ってなかったら、会えてなかったら、タキくんは誰かに盗られてたのかもしれない。
僕はお茶の入ったマグカップを置いて、タキくんに抱きついた。
「…他のやつに、それ使われなくてよかった」
キスをすると、お互いに舌を絡め合う。熱烈で濃厚なキス。甘いキスと、吐息。
「シマさん、もうベッド行こう」
耳のそばでタキくんが少し低い声で囁く。そんないい声で囁かれたらあっという間に勃っちゃうだろ…
タキくんはエッチをするときどんな声を出すのだろう、と妄想していたけど、実際に聞いてみたらこんな時の声ですらイケメンボイスだった。
「もう、挿れていい?」
切ない声に、僕は頷く。指で充分に慣らされたソコはもうヒクヒクしてタキくんを欲しがっている。ってか…タキくんのデカイな…
「う…ああっ、あ…!」
グププと挿入されてくる音と圧迫感。少しすればあっという間に僕は声を止めることができなくなった。
「んんッ、あ…ッ…気持ちいい…」
タキくんの体にしがみつく。たまにタキくんが小さく切ない声を上げる。それがたまらなくて、僕はまたキュウンとしてしまう。
「シマさんの中…すっげぇ…やばい」
どんどん奥へと突き上げられ、僕もタキくんも限界だ。
「も、もぉだめ…っあああ!」
ビュルッと僕はシーツの上に出して、タキくんは僕の中で果てて…そのまま僕の体の上に倒れ込んだ。
「シマさんって、名前なんていうの?」
気がついたらタキくんはもう敬語を使ってなかった。特別になったんだなあと思ってニヤニヤしてしまう。
「孝義だよ。苗字は島崎」
「ああだから、シマさんなんだ。ね、孝義さんって呼んで良い?」
「もちろん!タキくんの名前は?」
「桐原真だよ」
「え?全然タキじゃないじゃん」
「ママにさ、俺、滝巡りするのが好きなんだよねって話したら、じゃあタキくんねって決められただけ」
ずっとタキくんって呼んでただけに、今更変えるのもなんだか恥ずかしい。そんな僕に気がついたのか、タキくんはいたずらっ子のような顔を見せて言う。
「真って呼んで。タキはもうダメだから」
こうして僕とタキくん…いや、真と恋人同士となったんだ。
その後バーで、ママの前で真と呼んでしまい、あっさりとバレてしまった。まあ、悪いことではないんだけど。ママは嬉しそうに笑って、その日の二人の料金はタダにしてくれた。
「島崎、今日は弁当なんだなー。自分で作ってんの。」
昼休憩のチャイムが鳴ったあと、弁当箱を出した時に酒井が話しかけてきた。
「そうだよ」
「へぇ。俺も最近、たまに作るようにしてるぜ。嫁に頼ってばかりじゃ怒られ…いや、申し訳ないからなァ」
ごめん、酒井。嘘ついた。昨日は真が泊まりだったから、弁当を作ってくれて持ってきただけなんだ。
弁当箱をあげると、美味しそうなおかずたちとご飯。ああこれがいつもなら良いのに。
そうだ、同棲するのもいいな。来週真が家にくるからその時に聞いてみよう!
コンビニ弁当とは違う、恋人の手づくり弁当を頬張りながら、僕は幸せを噛み締めていた。
【了】
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