最終話

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最終話

 三カ月後――。  俺は今、退勤後に部長から預かった経理部の資料を届けに副社長室へ向かっている。 「届けるだけでいいから。退勤後なのに、すみません」  部長からそう言われたが、悠と会える口実ができたので嬉しい。  あの日から一気に距離は近くなったが、相変わらず悠は仕事が忙しそうだった。社内では幼馴染ということも公にはしていない。プライベートの時の悠と副社長の時の悠は全く雰囲気が違う。  ギャップ萌えを感じる時もある。  でも、やっぱり素の悠が好きだ。  副社長室の前に立ち <トントントン>  ノックをする。 「はい」  悠の声だ。  ドアを開け 「失礼します。経理部の書類を届けに来ました」  そう伝えると 「お疲れ様です。お預かりします」  悠は副社長のイスに座っていた。  俺は部屋に入る時、悠には見えないよう副社長室のカギを閉めた。 「ここに置けば良いですか?」 「はい」  部屋を見ると俺たち以外には誰もいなかった。  悠の机に書類を置いて 「では、失礼します」  立ち去るフリをした。 「お疲れさまでした」  彼はずっとパソコンに向かっていた。  そんな悠の背後に回り 「副社長、前髪にゴミがついています」 「えっ?」  俺は悠の前髪に触れるフリをして、そのまま唇にチュッと軽くキスをした。  よしっ、成功。 「では、失礼します」  何事もなかったかのように去ろうとしたが 「ちょっと待って下さい」  悠に引き止められる。 「なんでしょうか?」  怒っている?  また説教でもされるかと思ったが 「システム上はもう退勤になっているんですよね?」 「はい」 「じゃあ。今日は俺に付き合ってください。もう少しで終わりにするので」  そう言って悠は俺に近づく。  立っている俺に 「帰ったら、もっと……。して?」  静かに耳打ちされる。  悠の可愛さに思わずドキッとしてしまった。 「副社長のご命令であれば」  俺が答えると、彼ははにかみながら笑った。  悠のお父さんはまだ時間はかかるが、リハビリも順調らしい。社長として戻って来る日もそう遠くはない。  婚約の解消は出来ていない。彼女が別れるのを拒否しており、話し合いが進まないままだ。  悠は少しもあの子のことは興味がないみたいだけど。  俺は経理部の環境や業務内容にも慣れ、仕事量も増えた。隣の席の出雲くんに教えられていた立場だが、経験は俺の方が上ともあり、俺が教える立場になった。  将来的にこのまま上の立場になって、次期社長である悠を支えて行きたいと思っている。  あの日、止まった時間が再び動き出した。  これは神様がくれた最後のチャンスなんじゃないかと思っている。  悠のことが好きである事実は変わらない。  まさか自分が同性に恋愛感情を抱くなんて、昔は思っていなかったけど。今は悠と出逢えて、悠と同じ気持ちになれたことが幸せだ。  悠は副社長、例え認められない恋だとしても俺はもう絶対に諦めない。  悠が俺のことを好きだと言ってくれる限り、俺は彼の傍に居ると決めたんだ――。 <終わり>
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