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鮮魚の宇佐美さん①ー1
「魚屋の人呼んで!」
私はスーパーの店員である。
今日は週の中で最も売上が見込める金曜日。開店直後にお客様が大勢ご来店だ。
まだまだ続く自部門の品出しに追われている私に、声をかけてきた一人のお客様。
ショッピングカートに買い物カゴを二つ。六十代半ばあたりに見える男性客だった。手には、A4用紙にたくさん書き込まれたメモ、というより週間献立表……のようなもの。
他にもこういった感じのお客様はいらっしゃるので、なんとなく分かった。
介護施設のスタッフさんなのだろうと。
買い物に不慣れな様子から、定年後のお仕事として選んだ介護職、というところだと思われる。
そのお客様に対し、勝手な推測をしながら私は笑顔で対応する。マスク必須な状況下、目尻を大きく下げるだけで素敵笑顔の完成だ。
「はい、かしこまりましたー! どういったご用件でしょうか?」
「前にも同じこと言われた! いいから魚屋呼べって!」
ささいなやり取りすら待てない態度で促してくる。私は仕方なく「少々おまちくださいませ」と言い、立ち去ろうとした。すると、私の背中越しに向けて、
「刺身の盛り合わせ作ってくれって!」
なんなんだろう。言うの? 言わないの?
まぁいいやと私は鮮魚バックヤードへと入る。忙しなく作業をしているスタッフさん達。鮮魚部チーフである宇佐美さんも忙しそうだ。作業帽子のつばの下、ギロリとした目がチラリと動く。
「宇佐美さーん! お客さんがー、刺し盛りほしいとのこですー! 細かいことは話したいようなので対応お願いしまーす!」
雑音や店内放送に掻き消されないよう大きな声で伝えるのが礼儀だ。それに、聞き取れないとイライラさせてしまうし、重複せねばならないので大体にして皆大声である。
「今忙しいんだけどー! 聞いてきてくんない?」
えー。
「あ、ごめーん。俺行くよ。どのお客さん?」
結局は他部門の人間が聞いても行ったり来たりになることが分かっているので、このやりとりは平常である。
180cmの身長と、がっしりとした体格の宇佐美さんは、およそ表舞台では活躍していなそうな印象を持ってしまう齢六十の熟練選手である。
私は新米介護職であろう男性客のところまで宇佐美さんを案内し、お役御免とフェードアウトした。
さて、出しっぱなしの商品を並べてしまわねば。
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