雪月血(せつげつけ)

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貴方様は覚えていらっしゃるでしょうか。 朧月が微睡む様に夜空に現れ、散り際の夜桜が、儚く花弁をはらはらと散らして行くのを眺めながら、閨で衆道の契りを交わした夜を。 貴方様 の訃報の知らせを聞いたのは、その年の冬か、私は哀しみのあまり労咳を患いました。 それから貴方様の奥方様や御子息方達にも、私は醜い嫉妬心を何時しか覚えていた事にも気付きました。貴方様の奥方様は、美しく凛として優しい女性です。御子息様はきっと素晴らしい剣士と成るでしょう。貴方様亡き後も、哀しみを秘め立派に過ごされています。 それなのに私はいくら貴方様に抱かれても、女人の様に子を作る事の出来ない躰。貴方様の戦いの場でも、お役に立てなかった愚鈍な小姓。 激しい咳に血反吐を吐きながら、嗚咽を繰り返し布団を血みどろに染めあげてまで、生きようとする己の躰の、醜さよ。 外は雪が深々と降り続けている。真っ赤な寒椿が、雪の上に血溜まりの様に、ぽつんぽつんと落ちている。 私もあの寒椿の様になってしまいたい。 私は枕の下にしのばせている匕首を取り出して、震える両手に構えるのです。青みがかった白刃は、鋭く雪明かりに光を浴びて耀いています。 貴方様が私の名前を呼んで下さっているような気がします。 「雪千代丸」と。 私は匕首を一思いに、ヒューヒュー木枯らしの様に鳴る喉元に向けます。そして美しき刃を深く突き刺しました。 私の飛び散るこの血は、あの寒椿よりも紅いのでしょうか。最早、何人も知るよしもありませぬ。
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