親子の絆

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「上野様は、犬が苦手ゆえに、タマは、人になりました」 「ああ、すみません。お気遣い頂いて」 上野様の為に、と、若人に言われて、かしこまる姿を、紗奈(さな)ったら、と、橘が笑っている。 「橘様?!平気なんですかっ!」 「平気じゃないけれど、そもそも、犬が、喋っていたぐらいですもの、人になっても、もうねぇ」 橘は、あっけらかんとしている。 確かに、それもそうだが、しかし……。 「まあ、あまり、深く考えずに。そして、どちらへ?」 若人が言う。 「そうね、開かずの間は、どう、かしら?」 「ああ、あそこなら」 「え?何処ですか?それって?」 と、タマが二人へ訊ねて来た所へ、何者かが、声をかけてきた。 「そなた達!ここで、何をしておるのじゃ!」 女房姿の女が、いつのまにか現れ、そして、皆を、怪訝に見ていた。 「ん?お前こそ、何をしている」 タマが、キリリと顔を引き締め、現れた女房へ向かって言った。 「私の事を知らぬのか?!親方様の命を受け、おなごを、連れて行っているだけだが?それとも、お前が、この者達の代わりになるか?」 「……いえ!親方様の!す、すみませんでした!」 女房は、あたふたと、逃げるように、去っていった。 「なにあれ!橘様!」 「ええ、何者かしら?と、いうよりも、とにかく、離れましょう。開かずの間が、正解のようね」 さあ、いらっしゃいと、橘に促され、皆は、その後へ続いた。 そのまま廊下を進み、母屋に当たる神殿に接する渡殿(わたどの)の一番隅、入口が板戸で覆われる、立ち入りを防ぐかのような(へや)が見える。 橘は、板戸をこじ開けると、房へ踏み入った。 が、とたんに、きゃっと、小さく叫ぶ。 「た、橘様!」 「紗奈、下がって!」 橘の、やや、震えるような声を聞き、よくよく見ると、胸元には、刃物らしき物が、当てられている。 「う、うそっ!タマ!太刀をお使い!橘様を、救うのよ!」 「ははは、大丈夫ですよ、橘様、そして、上野様。髭モジャ様の仕業ですから」 「え?!髭モジャ?!なんで!!」 「あー、びっくりした。ほんと、なんで、お前様がいるの?!」 タマの言う通り、覚えのあるダミ声が、続く。 「いやー!すまん!驚かせてしもうて。と、いうより、ワシも、驚いてのぉ、つい、この様なものを、女房殿に突き付けてしもうたのじゃ!すまん!!」 開かずの間、と呼ばれるこの場所は、呼び名通り使われていない房で、元は、守近の乳母も勤めた、女房の仕切り役、武蔵野の房であった所。 武蔵野亡き今、橘含め、古くから屋敷にいる者達が、そう呼び、あえて、人を遠ざけている場所だった。 「あーまさか、この房を使う時が、来るとは……。で、お前様、いい加減、その、物騒なモノ、しまってもらえませんか?!」 「うわっ、すまん!!」 「さあ、紗奈、お入りなさい」 「おお、女童子(めどうじ)よ、粥があるぞ」 わーい!と、タマが、勢いよく房へ踏みこむ。 「上野様!早く、早く!粥ですよ!」 と、いわれましても……。なにがなんだか、状態の紗奈は、立ち尽くしていた。
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