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姫君と陰陽師
手元を照らす切灯台が、ジリジリと小さな音をたてた。
台架に伸せた皿の中に満ちていた油が、残り少なくなったのだ。灯る明かりの寿命も、そろそろ尽きるということか──。
今宵の縫い物は、これまでと、共に作業する女房の上野は、仕舞いに入った。
「守恵子様、そろそろ終わりに致しましょう」
「そうね、油も少なくなったようだし。灯りがなければ、手元が見えないものね」
ところが、片付けていた上野の手が、止まる。そうして、側にある鯨尺を引き寄せ、ひゅんと宙に弧を描いた。
「でていらっしゃい。晴康殿!また、姑息な手を使いなさって!」
上野は、鯨尺を振り回し続ける。
「あー、上野様には、勝てませんな」
瞬間、女二人が座する御簾の中を灯す明かりが大きく揺れ、パアッと、眩い光を放った。
その眩しさが途切れた後、何処からともなく、男が現れた。
「それにしても、上野様。どうして、わかったのですか?」
眉目秀麗な若者が、御簾の内にて、挑発するかのよう口角を上げている。
「何様のつもりですか!大納言守近様が姫、守恵子様の御前ですよ!御簾の内に同座するなど、言語道断!」
上野の叫びと同時に、ペシリッと、鈍い音がして、鯨尺が、男の体に振り下ろされたその瞬間、あっという声と共に、男の姿が、霞んで行く。
そして、一枚の紙切れに変わると、喘ぐようにパタパタ揺れた。
「やはり、式神を仕込んで来ましたか。まったく、陰陽師のやりそうなことです」
「ねぇ、上野?晴康様は、大丈夫かしら?きっと、今頃……」
「大丈夫ですよっ!鯨尺で、叩かれたぐらい何ですか!」
「あぁ、紗奈姉様には、かなわないなぁ」
「姫様!それは、子供の頃のっ!!」
ふふふ、と、守恵子は、慌てる上野を笑った。
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