子宝祈願

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「柏木さんのお母様は、離婚は考えなかったんですね……」  女癖が悪かったと息子が言うほどだから、妻は全てを把握していたのだろうと成美は思う。成美自身、現在わかっている1つの不倫でさえこんなにも気が狂いそうになるというのに、過去に何度も裏切られて嫌気がささないものかと不思議でならない。 「母はね、父が弱いことを知ってたんだと思うよ。私がいないとダメだからっていうのが口癖でね。昔は散々浮気されてるくせに何言ってんだって思ってたけど……本当だった」 「……どうして浮気をするんですかね」  成美にとっては素朴な疑問。瑞希にとっては痛い質問。瑞希はうっ……と目を細めた。 「成美ちゃんはしたことないの?」 「な、ないですよ!」  心外だとばかりに眉をひそめる成美。 「まぁ、さて浮気するぞ! って意気込んで浮気する人はあんまりいないだろうね。魔が差したとか成り行きとかそんなもんじゃない。する側なんて特に何も考えてないよ」 「その先のことも?」 「考えない、考えない。だって最初は相手にバレるつもりなんてないんだから。バレなきゃいいと思ってる人間は多い。バレなかったらそれに味を占めてまた繰り返す」  瑞希もそうだった。別に相手を傷付けるつもりもないし、その時可愛く思って一緒にいたいと思ったからいただけ。そこに愛情があったわけでもないし、それ以上どうにかなろうとも思わない。それが原因で彼女と別れることになったとしてもそれはそれで厭わない。 「だったらちゃんとパートナーと別れてからすればいいのに……」  怪訝な顔をする成美はそう言う。柊斗の不倫を知ったらきっと彼女は発狂するだろうな、と瑞希は思いながら苦笑する。 「まぁ、そうだね。それも甘えだよね、相手に対する。でももし成美ちゃんが今、好きな人ができたらどうする? 柊斗と別れて付き合う?」 「……」  成美はパタっと言葉を失った。瑞希をその気にさせるなら、秘密裏に恋をすると言うのが正解だとはわかっている。ただ、例え演技だとしても人の道から外れた発言をするのは気が引けた。 「あれ? 秘密で付き合う?」 「いえ……。別れます、きっと。ただ、主人以上に好きになる人が現れるのかなって少し考えてしまって」 「成美ちゃんは柊斗のことが好きなんだね」 「そうですね……。結婚して毎日一緒にいたら、少しずつ好きって感情は薄れてくのかなって思ってましたけど、そんなことなかった」  足の前で両手でバッグを持つ成美は、自分の足元を見るように目を伏せた。サイドの髪がパサリと落ちて、その顔を隠した。  瑞希はじっとその様を見つめた。結婚して5年目。未だに柊斗のことを想う成美の気持ち。そんなふうに一途に想い続けるというのはどんな気分なんだろうかと気になった。
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