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30歳を過ぎたら魅力が半減すると言った柊斗の言葉が瑞希の脳裏に響いた。しかし、目の前にいる成美は胸を高鳴らせるほどの魅力をもっている。
このまま抱かれずに女を終える? そんなもったいないことさせるはずがないじゃん。きみはもうすぐ柊斗と別れるんだよ。だから、そんな未来は絶対に有り得ない。
そう心の中で呟く瑞希は成美に投げかける言葉を探す。
「……考えすぎじゃない? 少しでも前向きな言葉が聞かれたなら……」
「でも、妊娠する可能性がある以上……彼はきっともう……」
瑞希は激しく動揺した。衝動的に成美の左上腕部を掴むと軽く引っ張った。もつれた成美の足がととっと数歩進み、瑞希の胸に倒れ込んだ。
瑞希はエコバッグが肩から落ちないよう手で支えながら、右腕1つで成美を抱きしめた。
新幹線の高架下。幸いにも道行く人の影はなかった。ガタガタと音を立て、速いスピードで新幹線が駆け抜けていく。
遅れてやってきたぬるい風が、2人の真横から突き抜けていった。
一瞬時間が止まったような気がした。成美は瑞希の胸に頬を預けたまま、瞬きも忘れて呼吸も止めた。
柊斗以外の男に抱きしめられることなど、5年以上なかった。当然である。ウッディノートの香水を愛用している柊斗とは全く異なる香り。
瑞希に似合うマリンノートは同時にシトラスの香りも薄く馨った。知的で爽やかな香りが成美を包み込む。
咄嗟に息を吸い込んだ成美は、その香りに飲み込まれそうになった。
……不覚にもいい匂いだと思ってしまったわ。
そっと目を閉じて自我を保とうと必死な成美は、瑞希に気付かれないよう呼吸を整える。先程の瑞希のように。
まさか、こんなにも早く抱きしめられる日がくるとは思ってもいなかった。もう少し距離を縮められれば上出来。そう思っていたのに、事は想像を上回った。道端で抱擁をされるなど20代の時だってあまりなかったかもしれないと成美は思う。
「……あの」
「うん、ごめん。咄嗟に抱きしめたはいいけど、俺どうしようね……」
瑞希自身が1番驚いている。もっと計画的に、もっと反応を伺いながら慎重に成美と距離を近付けようと思っていた。しかし、あまりにも成美が儚く見えた。
先程はぐっと我慢した。その反動か今度は制御が利かなかった。
戸惑っている様子の瑞希に、成美はふふっと笑った。
……変な人。私を落としたいのだから、もっと積極的に口説けばいいのに。逃げない私に付け込んで、畳み掛ければいいのに。
成美はそう思いながら、ゆっくりと眼を閉じた。
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