第13話 三食食事付き

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 夜が更けると、2人で毛布に包まって映画を見た。  子供の頃に好きでよく見たというSFコメディが地上波で再放送されたらしい。  暗がりのリビングの中、隣でココアを啜る音が聞こえる。  本人曰く「職場の女の子にもらった」という有名な鼠のパッケージをした土産物だ。  鼠の型をくり抜いたマシュマロが付いていて、ココアの上に浮かべて飲むと映えるらしい。  一日掃除をしていて気付いたことは、こういった女子からの貢物が至る所から出てくることだ。  本人に自覚はないが、異性を性的な目で見ない美男子はよくモテる。  膝に顎を乗せ、一匹ずつ鼠を投入しては、溶けていく様子を眺めながら、彼は力無く眉を下げた。 「正直、がっかりした? 係長のままでいた方がよかった?」  内心では受け入れてもらえるか不安だったらしい。  そんなところも含めてこの人が可愛くて仕方がない。 「俺はギャップある方が興奮する」  顔を寄せるとキスをした。  甘いココアの味がする。 「……っ俺、家ではこんなだし、仕事から離れたら何の価値もない人間だから、ほんとは同棲なんかしてこんな姿見せるつもりなッ……」  俺は自己否定の念仏を聞き流しながらココアを口に含むと、ネガティブモード全開の色男に口移しで飲ませた。  溶けかけたマシュマロが舌の上に残り、それを2人で味わうと、甘ったるくて濃厚なキスの味になった。 「そうやって心身のバランス整えてるんでしょ? 大事なことだし否定しない」  俺の言葉が響かないのか、まだその目が疑心に満ちている。  もう一度キスしてやろうかと身を乗り出すが、今度はあっさりと顔を逸らされた。 「あと……家では俺に意見求めるのやめてほしい……何食べたいとか、何したいとか、仕事に絡まないなら正直どうでもいいんだ。俺のことは尊重してくれなくていいから、全部橘が決めてほしい」 「駄目。尊がしてほしいこと叶えないと尽くしてる意味無いし」  意地悪な言い方に聞こえたのか、怒られた子供みたいな顔をして俺を見つめている。  プライベートで見せる尊の反応はいちいち新鮮で面白い。 「そもそも、俺に尽くして何になるんだよ。同棲までして……。お前がしんどいだけだろ」 「それ、自分で言ってて悲しくならない?」  淡い琥珀色の瞳に哀愁が満ちている。   「側で支えたいからここにいるんですけど」 「どんだけ奇特な奴だよ……」 「1人くらい尊のこと全力肯定する奴がいたっていいでしょ」  話しながら鎖骨に顔を埋めた。  3日ぶりに欲情する。  彼は首をすくめて肩を押し返してきた。 「駄目?」  前回のこともあり、念のため本人の意向を確認するが、俯いたまま答えが返ってこない。 「嫌だったらしないけど」  その顔を覗き込むと、下唇を噛み締めて眉を寄せている。  当惑したその表情に気持ちが萎える。  身を起こして距離を取ろうとすると、服の袖を掴まれた。 「嫌、とかじゃなくて……」  苦しげで切ない表情になった。  この顔に見覚えがあった。  付き合いたいか、付き合いたくないのかを問い詰めた時だ。  言葉が詰まって出てこない。 「尊、一旦深呼吸してみて」  背中を撫でながらタイミングを待つと、しばらくしてようやく答えが返ってきた。 「橘のことが、嫌なんじゃなくて……俺がまた前みたいにおかしくなったら、お前に申し訳なくて……自分で自分のこと制御できなくなってるし、どうしたらいいか、分からなくて……」  真面目で優しい尊らしい。 「泣き顔も可愛いから好きだけど、苦しいなら無理強いしない」  彼は黙って首を振った。 「大丈夫。でもまた変になったら、その時はごめんな」 「謝らなくていい。無理させるつもりもないから、駄目なら駄目ってちゃんと伝えて」  再び唇にキスをした。  尊の長い指が、俺の背中を掴んで離さなかった。
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