500人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
*
「えっ何? 今日ここに泊まるの?」
「いいえ。泊まるのではなく、夏樹さんには今日からここに住んでもらいます。大学を卒業したら、僕も一緒に住みます」
「……は……?」
「実家の方は手狭なので、僕がこの離れを父から買い取りました」
「……えぇ……?」
「もちろんローンです。だから卒業後はたくさん働きます。でも夏樹さんはもう働かなくていいです。ここで僕を待っていてくれるだけで」
「……」
さっそく本気を出してきたな。いよいよ「囚われの身」という感じだ。
上手く笑えない理由がわかった。冬馬がずっと演じてるからだ。たぶん俺が理想とする「恋人」を……。
だけど「無理するな」なんて言ったところで、無駄なのはわかってる。
冬馬が素顔でいるためには、俺がずっとそばにいて、絶対に離れないってわからせて、安心させてやるしかない……。
「お前……まだあのデカい家に一人で住んでんの?」
「はい。……あの家は医師だった祖父が、母に遺した家なんです。夏樹さんが東京に戻りたいというなら、あの家に住むこともできます」
「……言わないよ」
そんなの「口だけ」だって、顔を見ればわかる。
謙人をはじめ俺の知り合いがいる東京になんて戻ったら、きっと俺たちはまた同じことになる……。
「一緒に住もうって言ってくれたの、すごく嬉しかったです。待たせてしまってごめんなさい」
「……いいよ。……俺こそ逃げてごめんな」
「逃げられたなんて思ってませんよ」
「……あっそう」
あぁそうか……タクシーの扉が閉まったとき、お前は『逃がさない』って言ったんだな。……案外、俺たちは似た者同士かもしれない。
「もういちど温泉であたたまりますか?」
「……いい。もうじゅうぶん熱いから」
「ふふ……ほんとだ」
「……ンっ……」
俺の夢は、誰かと一生愛し合うこと。
我ながら陳腐な夢だとは思うけど、今までの俺の人生からすれば、それ以上の幸せは思い浮かばない。
「……ぁっ、……冬馬っ……」
「夏樹さん……愛してます」
「……ん……俺も……」
そしてどうやら、その夢は叶う。他のすべてと引きかえに。
「……んぁっ、……ちょっ、もっとゆっくり……」
「……はい」
「三年ぶりだから……痛かったら泣く」
「自分で弄ったりしなかったんですか?」
「……しないよ。そんな習慣ないし。……そもそもそういう気分にもならなかったし……」
「どうしてですか?」
「……おまえ以外で勃たないんだよ」
冬馬と再会してあっさり答えが出た。残念ながらこれは事実だ。
「僕もです。……髪の毛をもらっておいてよかった」
「……キモ。いつ抜いたの?」
「抜いてません。抜け毛を集めただけです」
「…………キモ」
そして安定の怖さ……。
最初のコメントを投稿しよう!