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「さぁ、好きなものを好きなだけ食べろ」
「うん!」
ジルに促されて、少し迷ってから、ロロの生地にチーズと木の実を乗せて巻き込み、ぱくりと食らいつく。あっさりした風味のチーズが、塩と花蜜によって旨味を引き出されていて、とても美味しい。粗く砕かれた木の実の食感も良いし、香ばしさが美味しさを更に上乗せしている。
「うん、本当に美味しい! ジルって料理上手だよね。ロロの焼き加減も最高だし、具材だって全部美味しいし」
「全部って……、まだ二つしか食べていないだろう」
「だって、前回食べたときだって、全部おいしかったし。今回のだって、見るからに全部おいしそうだから、絶対に美味しいと思う!」
「なんだそれ、よく分からん理屈だな」
「ふふっ。でも、私にはミカさんの仰りたいことがよく理解できますよ」
大好きな人たちと一緒に美味しい朝食を囲む、幸せな朝。おじさんの命日を、こんなに穏やかな気持ちで迎えたことはない。少し後ろめたい気もするけれど、同時に、僕がこうして元気に過ごしているほうがおじさんも安心して眠れるんじゃないかなと都合のいい考えも浮かんでくる。
──ううん、やっぱり、これはあまりにも自分勝手な考えかもしれない。僕がいなければ、おじさんは亡くならなかった。それを忘れてはいけない。肝に銘じておかなければ。
「……ミカ、どうした? 口に合わなかったか?」
「急にお顔の色が青くなりましたね。何かございましたか?」
「えっ? あ、ううん、なんでもないよ。ほら、春って頭がボーッとしちゃうことあるから。それでだと思う」
そう言って、僕は慌てて笑って見せた。
浮かれてはいけないけれど、ジルとカミュに余計な心配をかけてもいけない。そう気を取り直して、あえて明るい声を出した。
「美味しい朝ごはんを食べて元気も出たし、昼ごはんは僕が張り切って作るよ。何か食べたいものある?」
出来るだけ元気に訊いたつもりだったけれど、何故かジルとカミュは顔を見合わせてしまう。どうしてだろう。少し困っているような……?
「……ミカの料理は俺も大好きだが、今日は昼食も俺が作る」
「えっ……? なんで?」
「い、いや、その……、なんとなく、今日はそういう気分なんだ」
「そうなんだ……、珍しいね?」
「あ、ああ、まぁ、春だからな。そういう日もあるだろう」
「そうですね。春でございますから、そういうこともあるでしょう。春でございますから」
どことなくしどろもどろなジルを援護するかのようなカミュの言葉も、ちょっと不自然な感じがする。なんだか、今日は二人とも様子が変だなぁ。
「ディデーレでも、春になると調子が悪くなったりするのかな? ジルもカミュも、今日は様子がおかしいし……、最近は魔王への挑戦者も続けて来ていたし、疲れているのかも。だから、今日はゆっくり休んだほうがいいんじゃないかな。昼ごはんは僕が作るから、」
「俺はとても元気だ!」
「私も物凄く元気です!」
「えっ……?」
「体調は悪くない。温かくなってきたし、とても元気だ。珍しく一日中、料理をしたくなるほどにな」
「そうでしょうとも。今日はとても良い天気ですし、そんな気分になることもありますよね」
「そうなのかな……?」
腑に落ちない部分はあるけれど、本人たちがそう言うのなら、信じてもいいのかな。確かに、彼らは顔色が悪いわけじゃないし、少し様子が変とはいえ元気そうではあるし。
「……ジルがそうしたいならいいけど、僕にも何か手伝わせて? 僕が食事係なんだから」
「あー……、いや、今日は大丈夫だ。俺とカミュで出来る」
「……僕が手伝うのは迷惑?」
「いや、そうじゃない。断じて、そうではない。だが、今日は……」
ジルの真っ黒な目が、見たことが無いくらい泳ぎに泳いでいる。……やっぱり、今日の彼は変だと思う。心配になって、そのあたりを訊いてみようとしたとき、
「ミカさん。それでしたら、今日は城の外で食用の花や蜜を採っていただけませんか? 城から離れなければ危険も無いでしょうし、クックとポッポがついていれば安心です」
「あ、ああ、それがいいな。くれぐれも森には入らないでほしいし、俺が渡した守護鈴も持っていてほしいし、必ずクックとポッポを連れて離れないようにしてほしいが、それが助かるな」
「うん、分かった。じゃあ、昼過ぎから僕は採取に行ってくるね」
雪が解け始めてから、外への採取は何度か行っている。心配性の彼らは僕をあまり外へ出したがらないけれど、クックとポッポが来てからは少し安心しているのか、城の敷地内であれば一人で出掛ける機会が度々あるんだ。
「そうだな。昼過ぎから、外でゆっくり過ごすといい。無理に採取する必要は無いし、のんびりと散歩や日向ぼっこをするのもいいかもしれないな」
「ええ。作り置きしているおやつでもお持ちになって、たまにはゆっくりしてください。この時期は、花を眺めるのも楽しいと思いますよ」
僕は割と毎日のんびりと過ごさせてもらっているんだけど、彼らの厚意はありがたく受け取っておいたほうがいいだろう。僕が素直に頷くと、ジルとカミュは安心したように肩の力を抜いたのだった。
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