33人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
1話
高校に入学して1ヶ月。
初めての行事は球技大会だ。生憎の曇り空だが、男子は体育館でバスケだからあまり関係ない。
うちのクラスの試合になると、コートの周りに女子が集まって来た。残念ながら、目当ては俺たちじゃない。
相手チームが芸能コースのやつらだからだ。
月城学園高等科には、普通コースと芸能コースがある。
もちろん俺は普通コース。芸能コースのやつらとはほとんど接点がない。
コートに相手チームが入って来ただけで、女子たちの歓声が上がった。
めちゃくちゃアウェーじゃねえかよ。
芸能人にそんな詳しくない俺が見ても、大手芸能事務所のアイドルや毎クールドラマに出てるようなイケメン俳優が揃ってる。
普通コースには、少しでも芸能人とお近づきになりたいと思ってるやつが多いらしい。
「家が近いから」という理由だけで受験した俺は、その時点でかなりアウェーだったと後から知った。
俺らにとってこれは第3試合。
意外と運動神経の良いやつが揃ってるうちのクラスは、現在連勝中。
でも今回はさすがに負けた方がいいんだろうか。勝ったらブーイングされそうな雰囲気だ。
と思ってるのは俺だけらしく、チームメイトたちはやたらと張り切っていた。
「芸能コースのやつらをギャフンと言わせるチャンスだ!」
「スポーツなら俺らだって芸能人に勝てる!」
「これで勝てなきゃ他に勝てるところなんてない!」
言ってて悲しくならないか?
そんなこんなで、試合が始まった。
俺はバスケが苦手でもないが得意でもない。ボールを手にしたら、なるべく早くできるやつにパスを出す作戦だ。
おかげで既に「パスまわしの深田」があだ名になっている。勘弁してくれ。
「深田! パスパス!」
ボールを手にした俺に、さっそく味方からパスの催促がきた。
誰もいないコースを見極めて、素早くパスを出す……と、ヌッと誰かが現れた。
ヤバい!
と思ったときには既に遅く、投げたボールを止めることはできなかった。
飛び出してきた相手チームの顔面にボールが直撃! キレイにぶっ倒れた。
女子の悲鳴が上がる。
「健人! 大丈夫か!?」
「タイムタイム!」
ひっくり返ったそいつは、鼻血を出していた。
駆け寄った保健委員に連れられて退場して行く。
顔面当てるって、小学生の頃のドッジボール以来だ。
バスケではそんなミスしたことなかったのに、悪いことしたな。
最悪の雰囲気になってしまったが、前半リードしていたこともあり、うちのチームがそのまま勝利してしまった。
ドアウェーな中素直に喜ぶこともできず、女子たちの刺すような視線を感じながら体育館を後にした。
「深田、お前ヤバいぞ」
体育館を出た途端、チームメイトたちに取り囲まれた。
「お前がぶつけたあいつ、目黒健人だぞ」
「芸能コースの連中は顔が商売道具だからな。しかも目黒って結構大手の事務所だろ」
「顔に傷でもつけたら、損害賠償請求されるんじゃねえの」
損害賠償!?
「えっ、ちょ、そんなオオゴトになるのか!?」
「とにかくさっさと謝りに行ってこいよ」
「誠心誠意土下座でもすれば、情状酌量してくれるかもしれないぞ」
「わ、わかった! 行ってくる!」
損害賠償なんて冗談じゃない! 俺の小遣いじゃ払えないだろうし、親父にぶん殴られる!
そこまでいかなくても、もし退学とかになれば……高校を不祥事で退学とか、とんでもない荒くれ者じゃねえかよ! 俺、グレたことすらないのに!
走って中庭を突っ切ろうとすると、ベンチに誰か座ってる。
さっきのやつ……目黒健人だ!
「目黒くん!」
俺に気づいた目黒の足元に、ズザザザザーッとスライディング土下座をした。
「ごめん! 顔! 弁償するから!!」
数秒間、肝の冷える沈黙が流れた。
ふっと吹き出す声が聞こえる。恐る恐る顔を上げると、目黒が大笑いしていた。
「弁償ってなんだよ。全然いいって、気にすんなよ」
「え……ゆ、許してくれるのか?」
「当たり前だろ。ってか、俺がどんくさかったのが悪いんだし。俺、体育めちゃくちゃ苦手でさ」
サラサラな黒髪に色白の肌、パッチリとした目で鼻筋が通ってて、女みたいなピンクの唇。
古臭い例えだけど、少女漫画に出てきそうなキラッキラの王子様みたいだ。
こんな正統派イケメンも、運動は苦手なのか……。
とにかく、このキレイな顔に傷を作ってはいないらしい。
「鼻血は? 大丈夫?」
「へーき、へーき。もう止まったから。鼻血出してぶっ倒れるとかカッコ悪すぎるよな。マネージャーにバレたら『イメージを壊すな!』って怒られそう」
「それで怒られるなら、顔面ぶち当てた俺なんて殺される……」
「はははっ! マネージャー、俺キズモノにされちゃったーって」
笑いごとじゃねえわ。
ゲラゲラ笑う目黒は、『芸能人』というよりただの男子高校生だった。
「そういや、名前聞いてなかった。普通コースだよな?」
「あ、ああ。C組の深田彰紘」
「彰紘な。俺のことは健人って呼んで。俺、普通コースに友達いなかったから嬉しいわー」
「友達……?」
「こんだけ喋ってんのに、友達じゃねえの?」
「い、いや、友達……か」
距離の縮め方が早いな。コミュ障の俺には到底マネできない。
さすが芸能人。
「よろしくな、彰紘!」
差し出された右手に躊躇しながら手を差し出すと、固い握手をされた。
「よろしく、健人」
最初のコメントを投稿しよう!