freedom

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目の前にぱあっと広がった水色と黄土色と彼方に見える紺色に、スナネズミとしての遺伝子が「帰って来た!」と呼応したせいか、身体が勝手にケージから飛び出し、我を忘れて駆け出していた。 素早く走り続けないと、たっぷりと真夏の太陽の熱を孕んだ砂のせいで、手足とお腹が焼けついてしまいそう。 砂の上に紙切れがぽつんと落ちていたので、跳び乗って一時的に熱砂から待避する。よく見るとラクダ乗りサービスのチラシだ。まあまあ高めに感じる料金設定だがきっと維持費も安くないのだろう。風に飛ばされてきたのか、誰かが落としたのか。 「あれ?そう言えばマイはどこだ?」 冷静さを取り戻し、はたと辺りを見回す。海が見える北方面以外は、一面の砂漠だ。 「水だ。水がほしい。暑すぎてこのままでは……。」 スナネズミは飢えに比較的強めで、砂漠に適応した身体をしているはずだが、日本の飼育センターで生まれ、ホームセンターのペットショップで売られていた俺には、その機能が劣化しているのかもしれない。 彼方に紺色が見える。 プランクトンの死骸の香りが風に乗って嗅覚細胞を刺激する。あれは海。 本物は初めて見るはずなのに知っている。 あの水が飲めないことも分かっているが、このままここにいるより暑さがしのげるかもしれない。 他に目的地など見当たらないし、じっとしていたら太陽に焼かれるだけだ。行くしかない…………。 少しでも日陰になれるような石やえぐれた地面の影を渡るように移動しつつ、マイと初めて会った日のことが自然に思い起こされた。
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