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1裏切り
「ジュリア。サラが妊娠した。だから別れてくれ」
久しぶりの逢瀬。いつか結婚すると信じていた十五歳から六年付き合ってきた恋人のオリバーは、部屋に入ってきて早々口早に告げた。
サラとは飲み屋で働く女性だったような気がするが、今はどうでもいい。
コーヒーでも淹れようとカップに伸ばした手を止めて、幼馴染でもあった相手を見た。
衝撃で何を言われているのか、何を言えばいいのかわからない。
眉根を寄せて困ったような表情でジュリアを見ているが、オリバーの瞳の奥がどこか挑戦的で、心がすぅっと冷えていく。
「わかったわ」
「……受け入れるんだな」
低く平坦な声と断定的な言葉に、応えるジュリアの声音から感情が消えていく。
「そうね」
「別れるんだな」
念を押されて、詰まる胸をよそにジュリアは淡々と事実を述べた。
「お相手が妊娠なさったのでしょう?」
「……ああ」
オリバーは苦しそうに顔を歪めたあと唇を噛み、きっ、とこちらを睨みつけてくる。
返答がお気に召さなかったようだが、それ以外の何を言えというのだろう。
相手に子供ができ、もうこちらと別れることを決めているくせに。不貞を働いておいて、睨みつけてくるとか意味がわからない。
恋人の、恋人であった相手のあまりの言葉と態度に傷つきすぎて、己の気持ちがべこべこに潰されて出せなくなっている。
信じていた相手に裏切られたと知った衝撃。その事実だけでもういっぱいいっぱいだ。
結末は勝手に決められ、一方的に告げられた。
なのに、泣き喚いてすがりついて何になるというのだろう。
すぅぅーっと感情が抜け落ちたようなところに、追い打ちのように吐き捨てられる。
「他に言うことはないのか?」
ジュリアはくらりと眩暈を覚えたがとっさに机に手をついて体勢を保つと、オリバーに視線をやった。
彼の姿をしっかり捉えているはずなのに、周囲はぼやっと靄がかかったように見える。
王都には、魔法も両立できる王族直属の貴族中心の白騎士と、荒くれ者の相手が多い武道に秀でた黒騎士がいる。どちらも大事な役割を担う騎士であり国民の憧れだ。
だが、活躍する時に魔法とともに派手さのある白騎士とは違い、力押しの黒騎士は劣等感を密かに抱えている者が多いような気がする。
黒騎士であるオリバーもそのうちの一人であった。
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