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家に着いたのは10時半を過ぎた頃だった。玄関のドアを開け、リビングに入ると祐介がソファーでビールを飲んでいた。ローテーブルにカラになったビール缶が何本も並んでいる。 「あぁ、お帰り」 祐介が花恋をチラリと見て、ビールを飲む。 「何? どうしたの?」 「何が?」 ビール缶を片手に持ち、飲みながら祐介が訊き返す。 「最近変だよ? 急に私の事、色々気にし過ぎじゃない?」 「えぇ…? そうかな? 旦那が妻の事を心配するのは当然だろ?」 「心配? 祐介が私を?」 「そうだよ。変な奴に声かけられてないか、手を出されてないか、心配してるんだよ」 ビール缶を置き、つまみのスナックを摘まんで口に放り込む。 「はぁ? そんな事ある訳ないでしょ」 「歓迎会って飲み会だろ。酔った勢いで、人のものに手を出す奴がいるかも知れないだろ」 「よく言えるね、そんな事。自分は散々、浮気しておいて、人に取られるのは嫌って?」 花恋がそう言うと、祐介は黙って何も言わなくなった。花恋は寝室に入り、クローゼットを開けスーツを脱ぎ、部屋着を持って浴室に向かう。シャワーを浴び髪を乾かして、先にベッドに入った。 花恋が仕事を始めてから、祐介が花恋を気にするのは、ただ自分の所有物に手を出されているんではないかと気にしているだけだ。花恋自身を心配しているのではない。自分は自由であり、花恋は縛る。それが今の祐介の考えだった。 2ヶ月が過ぎ、仕事は順調に進んでいて、営業1課の社員達ともだいぶ仲良くなった。結城とも上手くコンビを組めていて、花恋はすっかり結城の手足となっていた。時々、結城が何か考え込んでいる事に気づいた花恋は、今週末にある忘年会で訊いてみようと考えていた。 今の花恋なら何か相談に乗れるかも知れない。仕事の事ならもっとサポート出来るようになるし、プライベートの事なら話くらいは聞いてやれる。いつもお世話になっている結城に、少しでも恩返しが出来ればと思っていた。 忘年会は以前、歓迎会をした料亭。花恋は祐介に忘年会がある事を話して、歓迎会と同じように電車で帰って来ると念を押した。祐介はあの日から何も言わなくなり、仕事の事も訊かなくなった。花恋にはその方が好都合だ。 祐介と何を話しても、どれだけ話しても、もう元には戻れない。家の中は重く冷たい牢獄のようだ。仕事に出ている限られた時間だけは、花恋にとって自由に楽しく過ごせる癒しの時間になっていた。
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