転校生

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転校生

「じゃあ、弘海。学校頑張ってね」  これから、小学校に行く弘海に手を振るなずな。 「ちょっと待って。宗ちゃんに、来月サッカーの試合見に来てって言った?」  弘海は期待に満ちた目で姉を見る。しかし、首を振る姉を見て、がっかりした表情になる。 「だって、宗ちゃん忙しいんだ。ガラムには、伝えたよ」 「ガラムじゃダメだよ!俺のサッカーの師匠は宗ちゃんなんだ」  サッカーの師匠とは、随分大袈裟ではあるが、まだ母が亡くなり、悲しみに暮れる幼稚園児だった弘海にサッカーの楽しさを教えてくれたのは、その宗ちゃんなのである。 「分かったよ。今日会えたら、言っておくよ」  メッセージアプリでもよかったのだが、弘海がどうしても直接伝えろとうるさいのだ。 「分かった!絶対だよ!」  そう言って、弘海は小学校の方に走って行く。 「宗ちゃん、会えるかな?」  宗ちゃんこと、土帝宗治はなずなの一つ上の幼馴染で、同じ高校の先輩である。弓道部所属で眉目秀麗、文武両道と文句の付け所がない。そんな彼を女生徒が放って置くわけがなく、かなり人気があった。  更に、教師からの信頼も厚く、いつも忙しそうである。学年も違うせいか、なかなか会えない。  校門前まで行くと、友達のみのりがいた。 「おはよう。みのり」 「おはよーっ。ねえねえ、今日転校生来るんでしょ?男子って聞いたけど、イケメンかな?」  みのりは、今日来る転校生に期待しているようだった。 「仲良くなれたらいいね。あ、山野先生」  校門前で担任の山野がいた。 「あ、山ぴー。今日、服装チェック?ラッキー」  嬉しそうに手を振るみのり。それもそのはず、山野は他の教師よりチェックが甘いのだ。多少着崩しているみのりとしては、ありがたかった 「羽山、制服が乱れているぞって言いたいけど、今日は違うんだ。転校生を待っているんだよね」  山野はにこにことそう答えた。なずなとみのりは山野に手を振り、校舎に入って行く。時計を見ながら、転校生を待つ。転校生の写真はなく、それでもいつも見ない子だろう、山野はどんな子かわくわくしてきた。ふと、スマホを見ながら、こっちへ向かって来るここの制服を着た男子が一人。 「あ、あの子か…」  山野は少し、ギョッとした。見た目は、若いが目つきが悪く、黒目が小さい。睨んではないのだが、人を不安にさせる容貌だ。 「ちょっと怖い。けど、見た目に反していい子なのかも…」  山野はそう言い聞かせて、その生徒に声を掛ける。 「おはよう御座います。田中蛍君ですか?」  その生徒は、じっと山野を品定めでもするかのように見てきた。頭の先から、足のつま先、見られているせいか返って緊張する。 「…あ、はい」  生徒は短く返事をした。田中蛍は、スマホを鞄にしまう。 「担任の山野です。よろしくね」  そう言って手を差し出すが、蛍はじっと山野を見たままだった。 「………昨日の饅頭は美味しかった?」  蛍の唐突な質問に、山野は思わず、出していた手を引っ込め、口を押さえる。 「あ…もしかして、匂う?」 「別に…」  蛍は口元を歪めて笑う。   (…この学園)  蛍は、学園に渦巻く妖気を感じていた。多分、一つ目坊以外にも妖怪はいる。それが、閻魔手形を持つ妖怪なのか、鬼門から逃げ出した妖怪なのかまでは分からない。 「大丈夫?緊張しているの?顔が強張っているよ」  心配そうに山野に言われ、蛍は首を振る。この教師は多分、霊感が強い方だろう。でも、気が弱いのか、幽霊を見て見ぬふりをしている。でも、自分に都合の悪いものをみたくないのが人間だ。特に問題はない。 「ええっと、ここが教室だよ。君はE組になる」  山野は、教室の戸をガラッと開けた。皆が一斉に席に着く。 「新しい生徒を紹介します。田中君、入って来て」  そう言われて、蛍は教室に入る。生徒がこっちを見る。興味津々な者、無関心な者、一瞥し、隠れてスマホを弄る者、そして何故かがっかりしている者もいる。 「田中蛍君です。自己紹介お願いします」  黒板にチョークで名前を書かれる。 「あ、どうも。田中蛍です」  蛍は短い挨拶をして、暫くの沈黙が続いた。一分ほど待って、やっと山野が口を開いた。 「あ、終わり?じゃあ、皆仲良くね。君は、あの子の隣だよ」  そう言って、指をさした所は後ろの方で、中の方だが、窓も近い。隣には、肩までの髪を伸ばした少女。 「残念、イケメンじゃないや」 「挨拶あれだけって、コミュ障かよ」 「マジ陰キャじゃねえか」  蛍は、場所に移りながら、生徒達のコソコソ話を聞いていた。予想通りの反応だ、と蛍は思った。同時に左目にチラつく生徒達の本性は、飼い慣らされた犬猫や家畜に見えた。  席に着くと、隣の少女がにっこりと笑う。 「宜しくね。後で学校案内するから」 (…彼女が案内するのか)  まず、満足と言ったところか。目は切長だけど大きい、目尻は垂れており、鼻筋も綺麗、厚すぎない唇、肌は白いが健康的な色だ。 (一つ目坊の奴、なかなか上玉を用意したな…)  蛍はにやりと笑い、先のやり取りを思い出す。   「…頼みとは?」  人間に化けたまま、一つ目坊は返事をする。 「…坊っちゃん、またよからぬ事 を」  三吉は首を振り、荷物を整理しだす。 「そんな事ないさ。僕、学校をよく知らないだろ?だから、案内してよ」 「では、当日私が…」  蛍は手を横に振る。一つ目坊は、怪訝な顔で蛍を見ている。 「君じゃダメだ。女の子にして。心臓が強い子。でも、気が強すぎる子はダメだから」  暫く、一つ目坊は黙っていたが、うなづいて返事をして、その場を去る。 「また、あんな下らない我が儘…」 「…さて、三日後が楽しみだ」  ふと、三吉は手をポンっと叩く。 「そういやあ、経国様にはご挨拶はなされないんですか?」  蛍はぎくりと肩を震わせた。 「いや、僕は色々…」 「そんな事言って…。お嬢にも、何にも言わないで出て行ったじゃないですか。はあ、経国様には明日、あっしから、電話して起きます」  蛍は宜しくと、言って自分の部屋に入り込む。 「全く…。あっし以外の周りに心を開いてくれればいいが…」  部屋の外で、三吉がそう言ったのが微かに聞こえた。   (…なんだろう?)  ふと、なずなは転校生が隣に来た瞬間、何かが土から芽吹くようなイメージが浮かんだ。でも、一瞬だけだったし、昨日真夜中に起きてしまったし、あの後少し寝苦しかったので寝不足かもしれないと、なずなは思う。だけど、イメージだけは脳裏に焼き付いて離れなかった。  ホームルームでは、夏休みの過ごし方や二学期に行われる出し物を決めていた。 「カフェとお化け屋敷、それからたこ焼きやかー。他に案あるか?あ、平井」  山野は手を挙げていた一番後ろに座っているネクタイを崩した男子を呼ぶ。 「カフェは、メイドカフェ!女子は、全員メイド服で」  平井が言ったことに対して、女生徒から非難の声が上がる。平井は気にも留めてない様子で続ける。 「あと、転校生もメイド服着ろよぉ」 「それはあんまりよ」  なずながびっくりして、後ろを振り向きそう言った。 「……別にいいよ。着ればいいんだろ?冥土の服」  蛍の発言は、クラス中の注目だった。全員が蛍をジロジロ見ていたが、蛍は何故こっちを見ているか分からない。 「おい。平井…ふざけるなよ。田中、冗談だから気にするな。まあ、文化祭まで時間もあるし、どんな出し物にするかは、各自考えるように。後、さっき言い忘れたが、夏休み中のバイトは必ず、事前に報告だ。家族が自営業で手伝う者もだ。以上」  山野がそう言うと、チャイムが鳴り響く。 「起立、気をつけ、礼、着席」  さっきまで、騒いでいた生徒達は号令が掛かると、機械仕掛けの人形のように動く。蛍も浮かないように真似をした。 「吉永、次の時間に田中を案内してやるんだと。村山先生には伝えてあるから」 「はい。じゃあ、田中くん。今から、私が校内を案内するね」   「私、名前は吉永なずなって言うの。宜しくね」  蛍は、吉永なずなに着いていく。校舎は2棟あり、一棟が一階に一年の教室と保健室と職員室、二階は二年の教室と美術室と家庭科室と音楽室。  二棟目に、一階に三年の教室、進路指導室、2階に理科室とある。  あとは体育館と隣に食堂があり、プールや各種部室。それから、弓道部が使う道場があった。流石に全てを回ることは出来ないので、簡単に説明されただけだが。実際に見たのは、今使っていない家庭科室と美術室。  蛍達は、美術室で足を止めていた。 「ここが、美術室だよ。…ねえ、田中君。さっき平井君が言っていた事気にしないでね」  平井…?さっき、冥土の服を着ろって言ってたな…。 「気にする?何で?」 「気にならないならいいの」  なずなはこちらの様子を伺っている。多分、何故かは分からないが、心配しているらしい。 「気にならないけど、変わった奴だなって。女の子に死装束を着せたいなんて…」  蛍の言葉になずながぽかんとする。しばらく考え込んだうちに、手をポンと叩く。 「えっと、多分その冥土じゃなくて、お手伝いさんとか、女中さんの事だよ」  蛍はますます、訳がわからない。大体、女中の格好をした女を見たいなんて…そんなものより、艶やかな女郎か、首をした女を散歩させる方が興奮する。しかも、男にまでそんな格好させたいのか、人間が理解出来ない。  例えば、目の前にいる少女を…。 「…変わった奴だな。彼は」 「うーん。変わってるって言うのかな?」  なずなが腕を組んで考え込んでいる。蛍は、その姿が可愛いと思った。それに、左目から見える本性は家畜ではなく、名の通りなずなの花が咲いていた。  蛍は唇を舐め、なずなを凝視する。視線に気付いたなずなは、一瞬びくりと肩を震わせた。 「どうしたの?ずっと見て」 「ん?あ、ごめん。癖なんだ、話している人をちゃんと見ろって言われているから」  なずなは、そうなんだとほっとため息を吐く。 (…なんだろう?不思議な雰囲気だけど、悪い子じゃなさそう)  なずなは、伸ばした彼の少し癖毛の綺麗な銀髪を見つめる。 「ところで、さっき君、僕のこと庇おうとしてくれたの?」  蛍は、平井が揶揄った時の事をなずなに尋ねた。 「え?まあ…」  曖昧な返事だったが、それが何故か嬉しかった。 「ところで、部活動はするのかな?」 「部活動?ああ、余暇を楽しむ奴だね。興味ない」  ばっさりと切り捨てた蛍に、なずなは少しびっくりしていた。確かに、運動部に入りそうにはないが、文芸部なら興味があるだろうと思ったからだ。 「そっか。美術部とかも?」 「全く…それより、僕の目を見て?」  そう言われると、急に彼から目が離せなくなった。不意に蛍の顔が近づくと、顔をつかまれ、蛍の舌がペロリと目玉を舐めたのだ。 「ひっ!」  手も足も身体全体が動かない。いつの間にか、彼の手が下に降りて行き、彼女の白い首にかかり、そのまま力が入る。 「うっ…苦し…っ」  手を振り解こうと、手を伸ばそうとするも手が動かない。 (殺される…!)  死への恐怖と息のできない苦しみに、なずなは苛まれている。 「やっ…止めて…」  やっと出した言葉は、彼の耳には届かないのか、更に力を入れられた。 「ああ、いいよ。可愛いね。そろそろ、限界だね…」  蛍が恍惚とした表情でそう言い放つと、なずなは一気に気が遠くなっていった。   「目を開けて」  なずなは、ハッと目を開ける。なんだか少しふらふらした。さっきの事を蛍に聞こうとするも、何が起きたか思い出せない。 「どうしたの?」  蛍が心配そうに、なずなの顔を覗き込んだ。 「ん…?あ、今一瞬…ううん。何でもないの」  その瞬間、チャイムが鳴り響く。 「あ…ごめんね。全然、案内できなかった」  なずなは、蛍に手を合わせて謝る。 「全然いいよ」 「また、分からないことがあれば聞いて。教室戻ろうか」  そう言って、なずなは先に美術室を出る。 「ああ。可愛いな…あれが欲しい」  蛍は口を歪めて笑い、美術室を後にする。    次の時間は数学。黒板に数字と英語がずらずらと並んでいる。教師が生徒を二人当て、生徒がすらすらと描き込んでいる。ちょっと、ぽっちゃりとした少女は、数式が得意なのか、書き込むスピードが速い。もう一方は、色が浅黒く、蛍よりも小さな少年だった。少年は、数式が苦手らしく、描いては消して、ようやく答えが分かったのか、やっとチョークをおいたが不安げな顔で式を見つめる。 「秋田さん、流石正解。一ノ瀬君、残念、ここが違う」  そう言って眼鏡をかけた女性教諭は、一ノ瀬の式を書き直す。 「…ガラム、でも前より出来てるよ」  小声でなずながそう言ったのを、蛍は聞き逃さなかった。  また、次の問題が出て、教師が次々に生徒を当てていく。そうしている間に時間が過ぎてチャイムが鳴り響き、例の号令が掛かる。  休み時間になり、なずなは鞄からスマホを取り出してメッセージを見る。 (…あれ、パパからだ)  『洗濯機壊れたみたいだから、明日修理呼んだ。早めに帰ってね』 (ええ?明日は部活参加出来ると思ったのに)  なずなは、ふうとため息を吐く。一方蛍は何故か微量の妖気を感じていた。それも一瞬ではない。教室に来た時からずっとだ。あまり強くはない妖怪なのだろうか。 (…可笑しい。この教室の生徒には妖怪らしき者はいない)  いくら人間に化ける事が出来る妖怪でも、ここまで上手く隠しきれないと言うか、上手く隠していても、同じ地獄の住人ならば分かってしまう。だけど、あまりに弱過ぎる妖力。生まれたての赤子のようだった。しかし、それならばまだ母体が近くにいる筈だ。 「…田中くん?」  なずなに顔を急に覗き込まれ、蛍はびっくりして、机の上にあるペンケースを落としてしまった。 「あ、ごめんなさ…」  なずなが言い終わる前に、蛍は椅子から降り屈むと目の前にある紺色のリュック。どうもそこから妖気が出ているようだ。 「………最近、君変わった事ある?」 「え…。えっと…特には」  なずなは一瞬戸惑う。さすがに昨夜の事は言えない。 「そう…」    昼休み時、蛍は珍しくお腹を空かしていた。鞄の中を探るが何もない。 「田中くん?どうしたの?」 「…いや。お腹が空いたんだけど、三吉の奴、食べ物を入れるのを忘れてる」 「三吉って?お弁当忘れたの?」  三吉とは何かと言われても、三吉は三吉だし、お弁当の事だけを答えた。 「そっか。…そうだ、私ガラムと食堂行くから、よかったらどう?」 「ガラム?ああ」  数学で教師に当てられた少年だ。なずなが呟いたのを覚えていた。 「ぺんぺん!早く行こうよ。ラーメンなくなっちゃうよ」  そう言ったのは、肌が浅黒く、背丈も小さい少年だった。蛍はこの少年がなずなよりも小さい事に気づいた。やや細身で、異国の血を引いているらしい。左目にチラつく本性は多分、虎の赤ん坊に見えるが獰猛には見えないので、多分虎に似た猫だろう。でも、それより気になった事がある。 「この子の名前はぺんぺんじゃないよ」 「あっ。ぺんぺんってあだ名だよ。なずなってペンペン草とも言うでしょ」  そうなずなが言うと、蛍は少年をギロリと睨む。 「…お前、最低。この子虐めてるの?」  蛍にそう言われ、泣きそうな顔で少年は後ずさる。なずなが慌ててフォローに入る。 「違うよ。仲良いとあだ名で呼ぶ事があるでしょ?」  そういうものなのか。蛍は納得出来なかった。だが…。 「…僕も呼んでいい?」 「え?」 「僕も君の事、ぺんぺんって呼びたい」    ぺんぺん。蛍は、弾むようなこの言葉が気に入った。それに幼児言葉のようで可愛いから、彼女にはぴったりだ。 「…なんか、彼、ぺんぺんの事気に入っているみたいだね」  先ほどと違い、だいぶ穏やかになった蛍の表情を見てガラムは言った。 「そうかなぁ?田中くん、何食べるか決めた?」 「うーん。ぺんぺんと一緒がいい」  蛍は、看板のメニューを見るが、どれも同じに見えていた。 「え?ラーメンでいいの?他にもカレーとかあるよ?」  他にも、牛丼や定食などがあったが、蛍は全く興味がなさそうだ。いつの間にか、スマホをいじっていた。 「おいっ!一年!さっさと行けよ」  後ろを振り向くと、図体の大きな男とその腰巾着らしき出っ歯の男と金髪の男が三名いた。怒鳴ったのは、腰巾着らしき男だ。 「あ、ごめんなさい」  なずな達は、素早く食券機の前に並んだ。 「おい…」  蛍だけはまだ、入り口に立ってスマホを弄っている。 「おいって!てめぇ聞いてんのか?」  金髪が、蛍の肩を掴んだ。 「あぁ。やられちゃった」  蛍がスマホをしまおうとした瞬間、胸倉を掴んでくる金髪。 「…全く。どこにでもいるんだな」  ため息を吐き、蛍は冷めた顔で金髪を見る。ふと、図体の大きな男と目が合う。その男と言っても、なずな達と歳はそう違わないだろう。だけど、何故か随分老け込んでいるように見えた。 「おいって!聞いてんのか⁉︎」 「五月蝿いよ?お前嫌い」  嘲るように蛍は言うと、金髪は更に強く胸倉を掴んできた。   「…あ。ラーメン、完売だ。ぺんぺん、僕はチケット買えたけど…」  ガラムが食券機を指さした。食券機のラーメンのボタンは売り切れを表示していた。 「本当だ。田中君、あれ?」  なずなが振り返ると、蛍は居らず、入り口に人集りが出来ていた。まさか、あの中にいるのか?さっきの三人は、所謂素行の悪い生徒だ。うち二人は、特に悪く平然と授業をサボる。一人は、図体が大きく、中学まで柔道をしていた。授業こそサボらないにしても、校舎裏でタバコを吸うなどしており、悪い噂が後を立たない。  人混みを掻き分けて、なんとか前に行くと予想通り、蛍が連中に絡まれている。それも、相手は拳を握り、今にも殴りかかりそうだ。 「や、やめて!」  なずなは、思わず叫んだ事を後悔し、口を自分の手で塞ぐ。 「あぁ?なんだ?お前?」  金髪がギロリとなずなを睨む。そうすると、注目の的はなずなになる。 「ちょ!あの子、やばくね?」 「誰か助けなさいよ」 「馬鹿じゃね?」  周りの人間が口々に勝手な事をいい、なずなは顔を赤くする。 「…じゃあ、こいつの代わりにお前が殴られるかぁ?」  金髪が蛍から手を離し、なずなに詰め寄ると、周りは被害に遭わないように避けていく。  蛍が口を開けた瞬間、 「…何をしている⁉︎」  誰かが大声を張り上げた。廊下から、一人生徒が歩いて来た。 「つ、土帝」  声に気づいた金髪が、後ろを振り向きそう言った。 「…お前達か。坂本、どういう事だ?」  土帝と呼ばれた生徒は、図体の大きな男に詰め寄った。 「すまん…」 「ふん。益田、その子から離れろ」  益田と呼ばれた金髪は坂本の方へ行く。 「流石、土帝君」 「坂本達をたった一言で…」  まわりの生徒達は、途端に土帝を称賛し始めていた。 「あの…」 「君達、早く昼食を済ませろ」  なずなは、何か言いたがっていたが、蛍に手を引っ張られる。 「行こう」  蛍の力は強く、なずなはただ引っ張られるだけであった。 「お礼ぐらいいいなさいよ」  誰かが、そう呟いたのが聞こえた。   「え⁉︎じゃあ、今日のランチ、土帝先輩拝めたの?」  放課後、なずなはみのりに昼間の出来事を話した。 「お小遣い、ピンチじゃなきゃ行ったのにぃ」  みのりは土帝に会えなかったのがショックだったみたいで、心底恨めしそうになずなを見る。みのりは、土帝となずなが幼馴染だという事を知っている。そのお陰で仲良くなったというのもあるが、変な詮索は好きな方ではないようで、それ以上は何も聞いて来ない。みのり曰く、土帝は恋愛対象ではなく、アイドルを見る感覚に近いと言う言わば,ファンである。 「なずなはいいな。お兄ちゃんみたいな存在なんでしょ?イケメンで文武両道。正義感溢れて…うちの兄貴なんかさ」  みのりの愚痴が始まる。いつも、土帝の話になると大体こうだ。 「ねえ、君」  隣の席の蛍が話しかけてきた。そして、小さな小箱を机に置く。 「なに?これ?」 「あ、それ。君にじゃなくてぺんぺんにだよ」  みのりは少しムッとしたようだが、でも何となく分かっていたようだ。 「…何かあったら、それを使って」 「え?う、うん」  何があった時に使えばいいのか分からないが、とりあえず受け取る。 「じゃあね…」  意外に動きが早く、あっという間にいなくなる蛍。二人は首を傾げる事しか出来なかったのだった。   「…来たぞ」  周りに誰も来ていない事を確認し、誰もいない弓道部の部室に来た坂本。月曜日は、この学校は部活がなく、誰も部室には近寄らなかった。 「…舎弟は連れて来ていないようだな?」  そう暗がりの中から声がした。道着を着た土帝だ。 「…ああ。メールは送った。奴は転校生だ」 「そうか。…そろそろ、計画を実行する準備をしろ」  坂本は俯いて、唇を噛み、拳を強く握る。 「…やっぱり、それは…」 「俺に逆らうのか?」  土帝の眼光は鋭く坂本を捕らえる。土帝は坂本より小さいはずなのに、まるで野犬に追い詰められた子犬のようになる。 「……分かった。だが、例の件…」 「分かっているさ」  そう言って、土帝は弓と矢を持って、的場に出る。弦をピンと張り、矢を解き放つ。見事に的の真ん中に突き刺さり、勝ち誇ったように笑う。 「俺は、全てを手に入れる」    これを使えと言われても。なずなは帰ってから部屋に行き、蛍から渡された小箱を見つめる。なんの変哲もない小さな箱にシンプルな和風の装飾なのが、返って高級に見える。素材は木であるが丈夫そうだ。 「使ってて言ったんだから開けていいよね?」  まさか、開けたら煙が出て来て、浦島太郎になってしまわないか心配だったが、恐る恐る開けると、煙は出てこない。なずなは安堵するが、中に入っているのはどう考えても笛。それもオカリナのようにいくつか穴が空いている。これは、呼子笛のように使うのだろうか?首を傾げる持ち上げると、首に掛けるタイプのようでまるでネックレスである。なずなは、一度自分の首にかけて見る。 (あっ!そろそろ、ご飯の用意しなきゃ)    蛍は家に着くと、ソファーに雪崩れ込んだ。 「坊っちゃん、ただいまくらい言ったらどうです?」  三吉は似合わないフリフリのエプロン姿でそう言った。 「あ、ただいま。そんなことより、欲しいものがある」  蛍はソファから起き上がり、体制を整えると真剣な顔になる。三吉は、蛍の数少ない長所で物欲がない彼が真剣な眼差しなので、本気だと捉え、耳を傾ける。 「うちにぺんぺん置いてもいい?」 「ぺ、ぺんぺん?」  ぺんぺんとは、何なのか、三吉はしばらく考え、ハッとする。 「別にいいですけど、あんなモノどうするんですか?」 「え?観賞用でもいいし、遊ぶのもいいし。可愛がるのもいいし」  三吉は目を丸くして蛍を見る。 「いいですか?毎日ちゃんと水を与えてくださいね」 「水?」 「まあ、強い花ですからね。でも、時期が違うと思いますが…」  強い?時期が違う?三吉が言っている意味が分からない蛍は、目を丸くする。 「…それより、可愛い下着とか服を買ってあげたいよ」 「可愛い服?ってまさか…」  三吉は頭を抱えて、首を振る。 「坊っちゃん。ぺんぺんってのは女子ですかい?」  蛍が頷くと、やっぱりかと納得できる三吉。 「飼うのはダメなんだろう?置くのはいい筈だ」 「ああ言えばこうですか。そんな事より、風呂入って下さい。すぐご飯ですよ」  そう言って、三吉はキッチンに入って行く。  
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