雨のち晴れ

1/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
「ねえ」 運転席の彼女がハンドルを握ったまま発した一言。 僕に呼びかけていることは分かりきっているけれど、それに答えようという気はしなかった。 彼女はいつから僕の名前を呼ばなくなったのだろう。 そんなことをぼんやりと思いながら、窓の外を眺める。 いつの間にか雨が降りだしていたようだ。 窓に写る街の明かりが雨粒に滲んでいる。 「ねえ…………聞こえているんでしょ?」 僕が返事をしないことに痺れを切らしたのか、再度呼びかけてくる彼女。 さすがに無視し続けるわけにもいかないだろう。 「なに」 「私ね、結婚するの」 『知ってるよ』 なんて言えるわけがない。 『おめでとう』 なんてことを言うつもりもない。 「……へぇ、そうなんだ」 平常心を装いながらなんとか言葉を絞り出した。 「だからもう、あなたと会うのはこれで最後にしたいの」 後部座席からバックミラーをちらりと見ると、一瞬だけ鏡越しに彼女と目が合った。 お互いに逸らした視線。 ただただ続く沈黙。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!