星のお菓子

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夜の八時過ぎから始まったアメリカ軍の攻撃は飛行機ではなく、艦砲射撃だったことを翌朝私は、井戸端会議から戻った母から聞いた。 「どうりで空襲警報が無かったわけだ。」 母はそう言うと、北の空を眺めた。北の方……山葉の工場がある辺りからはまだ黒い煙が何筋も立ち上っていた。 「先月は大空襲があったし、幾ら工場が多くてもこんな田舎に寄ってたかって空襲やら艦砲やら撃つんじゃあ、日本は駄目かもねぇ……。」 母は独り言のようにそう言うと、朝の出勤の支度を始めた。私も学校へ行く支度をした。 後に浜松大空襲と呼ばれる空襲からひと月たった7月29日、町はまたしても攻撃にさらされたのだ。新聞やラヂオでは皇軍敵を撃退とか言っていたけれども、直接に被害を受けた身としては子供なりに疑問だった。 「沖縄もやられた上にアメリカの船がうろうろしとる。こりゃ、いよいよ日本もお終いかもねえ。」 「私らもじきにお父さんお所に行くの?」 母の言葉に私はそう言うと、私を背中から抱きしめて母は小さいけれど力強い声で言った。 「諦めたら駄目……気持ちを強く持ちなさい。国が滅びても気持ちを強く持った人達が生きていれば必ず国は復興する。今度は平和な国を創ろうね。それにね……。」 東京の女学院を出たインテリゲンチャの母は笑いながら続けた。 「あの、極楽トンボがそう簡単に死ぬはずないって。」 私は母の言葉に頷いた。 その日は、艦砲があった日から17日目だった。学校の校庭に集合した私達はじゃりじゃりとノイズだけが響く玉音を聞いた。 何を言っているかは分からなかったけれども、戦争に負けた、それだけは泣き崩れる教師の姿を見て理解した。 「終ったね。」 母が帰宅した時に言った言葉がそれだった。東洋紡績に勤めている母は、何やら重たそうな荷物を背負っていた。 「課長さんがね、みんなにくれたのよ。ご苦労様って。」 中身は糸やら生地やら工場で造られているものだった。 「こんなことなら食品関係の会社で働いていればよかった。」 母は笑いながらそう言うと、晩御飯の支度を始めた。その日の夕ご飯はいつもと変わらなかったけれどもいつもより美味しい気がした。
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