混乱する者

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「ぬ……ヌシは、ひとりか」  野生動物から人間に戻り言葉を発したが、なんだかひどく間抜けな質問を投げてしまった。 「テメエは変な方言の、めんどくせえヤツだな?」 「は、はぁあ? めんどくせえって、なんじゃい!」  変な方言というのにも引っ掛かったが、めんどくさいと言われたことのほうが、図星なだけにより腹が立つ。 「この部屋ン中に一人、ぶっ倒れてる」  後ろ手にドアを閉めながら、スキンヘッドが己の肩越しに親指で部屋を示した。 「俺は、カネが欲しいんだよ」  ゆらり、とその大きな体躯を揺らしてスキンヘッドが一歩踏み出す。戦闘は不可避か。 「ま……待て」  この()に及んでなお、印南の無意識の領域が戦いを拒み、片手を広げてスキンヘッドのほうへ突き出した。それに"一人ぶっ倒れている"ということは、コイツはラスボスではないということだ。 「す、すべてが嘘かもしれんで……」 「テメエはまだ疑ってんのかよ」 「か、カネだって、用意してある言うてるだけで、ホントはないかもしれん」 「──ああ」  何かに気付いたようにスキンヘッドは軽く眉を上げ、それから口の端に嘲笑を浮かべた。 「テメエは遅れてきたから知らねえんだな。カネがびっしり入ったケースをよ、見せてもらったんだよ」 「だっ……誰に!」 「黒いスーツの、サングラスかけた男がよ、俺たちが最初にいた部屋に持ってきたんだ」 「……そいつが、プライバシー保護野郎か?」 「いや違う。みんなの前で男がカネを見せてるときに、"声"が説明してたからな。男はその"声"に従って動いてた。ま、カネは確かに用意してある。贋札でもねえ」  マジか。 「……ちゅうことは………」 「テメエを殺れば、俺はまた"(キング)"に近付くってことだ」  スキンヘッドがゆっくりと両足を開き、臨戦態勢に入る。相撲かよ。四股(しこ)でも踏むのかよ。というツッコミを入れる余裕は、今の印南にはない。 「俺はずっと空手やってたんだ。悪いが勝たせてもらうぜ」  マウント取ってきやがった。印南は負けじと顎を上げた。 「それ言うんやったら、俺は、ずっと卓球やってたでえ!」  瞬発力には自信がある、と言いたかった。  スキンヘッドは短く鼻で笑うと、更に威嚇するように野太い雄叫びを放った。これに怯んではならない。印南は背筋を伸ばし、腹の底から声を張った。 「成仏せぃやワレィ!」 「俺はまだ生身の人間だボケェ!」  互いに拳を振りかぶり、間合いが一気に(せば)まった。 ***
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