89人が本棚に入れています
本棚に追加
/122ページ
「ぬ……ヌシは、ひとりか」
野生動物から人間に戻り言葉を発したが、なんだかひどく間抜けな質問を投げてしまった。
「テメエは変な方言の、めんどくせえヤツだな?」
「は、はぁあ? めんどくせえって、なんじゃい!」
変な方言というのにも引っ掛かったが、めんどくさいと言われたことのほうが、図星なだけにより腹が立つ。
「この部屋ン中に一人、ぶっ倒れてる」
後ろ手にドアを閉めながら、スキンヘッドが己の肩越しに親指で部屋を示した。
「俺は、カネが欲しいんだよ」
ゆらり、とその大きな体躯を揺らしてスキンヘッドが一歩踏み出す。戦闘は不可避か。
「ま……待て」
この期に及んでなお、印南の無意識の領域が戦いを拒み、片手を広げてスキンヘッドのほうへ突き出した。それに"一人ぶっ倒れている"ということは、コイツはまだラスボスではないということだ。
「す、すべてが嘘かもしれんで……」
「テメエはまだ疑ってんのかよ」
「か、カネだって、用意してある言うてるだけで、ホントはないかもしれん」
「──ああ」
何かに気付いたようにスキンヘッドは軽く眉を上げ、それから口の端に嘲笑を浮かべた。
「テメエは遅れてきたから知らねえんだな。カネがびっしり入ったケースをよ、見せてもらったんだよ」
「だっ……誰に!」
「黒いスーツの、サングラスかけた男がよ、俺たちが最初にいた部屋に持ってきたんだ」
「……そいつが、プライバシー保護野郎か?」
「いや違う。みんなの前で男がカネを見せてるときに、"声"が説明してたからな。男はその"声"に従って動いてた。ま、カネは確かに用意してある。贋札でもねえ」
マジか。
「……ちゅうことは………」
「テメエを殺れば、俺はまた"王"に近付くってことだ」
スキンヘッドがゆっくりと両足を開き、臨戦態勢に入る。相撲かよ。四股でも踏むのかよ。というツッコミを入れる余裕は、今の印南にはない。
「俺はずっと空手やってたんだ。悪いが勝たせてもらうぜ」
マウント取ってきやがった。印南は負けじと顎を上げた。
「それ言うんやったら、俺は、ずっと卓球やってたでえ!」
瞬発力には自信がある、と言いたかった。
スキンヘッドは短く鼻で笑うと、更に威嚇するように野太い雄叫びを放った。これに怯んではならない。印南は背筋を伸ばし、腹の底から声を張った。
「成仏せぃやワレィ!」
「俺はまだ生身の人間だボケェ!」
互いに拳を振りかぶり、間合いが一気に狭まった。
***
最初のコメントを投稿しよう!