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ほどなくして、階段の輪郭がぼうっと浮かび上がった。3段目で90度左に曲がり、上へと続いている。
(これ気付かんかったら、壁に正面衝突しとったなあ)
ふうっと安堵の息を吐き、ゆっくりと階段を上り始めた。足音をたてないよう注意してはいるが、どんなにゆっくり体重をかけても、一段上がるごとに床板が小さく軋む。
(俺、太ったんかいの?)
過度な緊張から思考が支離滅裂になってきた。誰もいませんように、実はサプライズの演出だったというオチでありますようにと念じているうちに、2階へ着いてしまった。
廊下の窓から射し込む月の光で、意外なほど明るい。こんなことなら黒い服を着てくればよかったと、明るい水色が基調の、真っ赤なハイビスカスが散りばめられたアロハシャツを恨めしく思う。
と、その時、前方から小さな物音が聞こえた気がして、印南は足を止めた。全身を耳にしつつ目を凝らす。
(誰や。あそこに誰がおるんや)
昼間の熱がこもる廊下で、暑さのせいばかりではない汗が頬を伝う。
(引き返すか……?)
痛い思いはしたくない。印南の右の爪先が、ほんの少し外側へ向く。心臓が肋骨を突き破る勢いで拍動する。うるさい。これでは物音を聞き逃してしまう。
そう思った矢先だった。突き当たりの部屋のドアが不用意に開き、月明かりに輝くスキンヘッドが姿を現した。
印南も驚いたが、スキンヘッドも驚いたようだ。ドアノブを握ったまま、半身だけ廊下に出た中途半端な状態で固まっている。
(ど……)
どうしよう。今なら見なかったことにして階段を引き返せる。しかし、暗いとはいえ、スキンヘッドはこっちの存在に気付いてしまっている。確かスキンヘッドは「カネは俺のモンだ」と息巻いていなかったか?
と、いうことは。
(殺られる)
全身の筋肉が硬直し、ごくりと唾を呑み込む音がけたたましく(気のせい)廊下に響いた。
「……おう」
こちらの出方を窺っているのだろうか、ふとスキンヘッドが声を漏らした。
「お……おう」
もう引き下がれない。印南はしぶしぶ覚悟を決めて応えた。無視して逃げ出したりしたら、それがかえって刺激となり、追いかけられる気がした。
「……おう」
「………おう」
「おおう?」
「おう!」
わしゃ犬か。野生動物か。
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