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一体なぜこんなことになったのだろうと、この洋館に着いてから何十回目かの同じ疑問がふわりと頭に舞い降りる。腕も脚も、顎も頬も頭も痛い。もう動きたくない、というより、動けない。
スキンヘッドと一戦を交え、2、3発重い拳を体幹に喰らったが、印南の右ストレートが鮮やかに決まり、スキンヘッドは呆気なく廊下に沈んだ。卓球で培った反射神経が役に立った。
相手を殴るだけでは埒があかないということを確信したのは、4回目の殴り合いをした後だ。殴って、気絶させて、気絶から覚めると再び参戦する……まるでゾンビだ、終わりが見えない。
印南自身も、殴られて意識を失い、昼間に慣れない山道を歩いたせいもあるだろう、しばらく廊下の真ん中で眠っていた。目が覚めると、あたりは夜の黒から透明な蒼の空気に変わっていた。耳を圧迫するような、地球上のすべてのものが活動を停止したかのような重い静寂。夜明けが近いのだ。
もう嫌だ、もう動けない。廊下の真ん中で手足を伸ばして、ごろりと仰向けになった。ここを通る人がいたら、遠慮なく踏んでいっていい。床材だと思ってほしい。
他の参加者はどうしただろう。"王"は決まっただろうか。スキンヘッドか、冷房厨か、それともカメレオンのツノみたいな髪型のヤツだろうか。ああもうそれもどうだっていい。カネは惜しいがくれてやる、俺はハローワークに行く。
このまま、誰とも遭遇することなく夜が明けてほしかった。自分は気絶した。KOだ。負けです完敗ですだから家に──
……いや、待て。プライバシー野郎、あいつ、妙なことを言ってなかったか?
“ここで“王”となった者以外の皆さんには、消えていただきます”
そうだ、負けた者は、超ホウキなんとかを使って殺されるのだ。
(アカン)
痛む体をだましながら上体を起こし、あたりを見回す。無我夢中で格闘していて気付かなかったが、どうやら玄関ホールで倒れていたらしい。ピタリと閉ざされた見覚えのある重厚なドアが、外の世界を切り離していた。
(あのドアさえ開けば、こっから逃げ出せんのやけどなあ……)
屋敷じゅうのドアや窓すべてを外側から封鎖し、デスゲーム(もどき)をさせるなど、あのプライバシー野郎はサイコパスだ。変態だ。そういえば、屋敷の3階まで一応プライバシー野郎を探してみたが、どこにもそれらしき人物は見当たらなかった。探しそびれた部屋があるのか、それともこことは別の場所にいるのか。
(なんかもう、どうでもいいわい)
いま最も重要なのは、ここからこっそり逃げることだ。ドアはおそらくどれも開かない。だが窓は、1ヵ所くらい閉め忘れがあるのではないか。一縷の望みを胸に、最後の気力を振り絞って立ち上がった。
その時だった。
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