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第1話・親友からのSOS
その日、龍之介は大きな案件を終えたばかりで久々に休みを取っていた。実に十日ぶりとなる完全な休日を惰眠をむさぼることで謳歌していたのだが、枕元に置いていたスマホから鳴り響くけたたましい着信音に叩き起こされた。
「なんだよこんな時間に……」
時間は夜九時を回っている。
普通の会社なら終業している時間帯だ。依頼主からの連絡ではないと判断し、無視を決め込んで再び目を閉じる。
ところが、いつまで経っても着信音は鳴り止まない。もしや実家で何かあったのではと思い直し、スマホを手に取り画面を確認する。
そこに表示されていた名前は予想とは違うものだった。
【雨戸 謙太】
彼は高校時代からの親友である。
と言っても、社会人になってからは会って遊ぶ機会はかなり減った。最後に会ったのは彼の結婚式に呼ばれた時だっただろうか。いや、一度だけ新居に招かれたことがある、龍之介は寝ぼけた頭を働かせて記憶を辿った。
最近やり取りをしていなかった彼からの急な連絡に首を傾げつつ、通話ボタンを押す。
「ケンタ?」
『っああ〜〜繋がったあああ!!!!』
電話に出た瞬間、大音量の声が耳に飛び込んできた。切羽詰まったような、今にも泣き出しそうな声に只事ではないと判断して身体を起こす。
「なにかあったのか?」
『もう、オレ、どうしていいか……』
「は? だから何の用だよ」
『明日から……いや、今からどうしよう』
電話の向こうの彼はいつになく狼狽えた様子で、何度問い質しても明確な答えが返ってこない。長い付き合いの中で謙太がここまで取り乱しているのは初めてで、それが事態の深刻さを物語っていた。
「すぐ行く。住所、変わってないよな?」
『う、うん』
通話しながら、龍之介はクローゼットから服を取り出した。まともに話が出来ない以上、直接行って状況を把握した方が早い。
「三十分くらいで着くから、それまでに落ち着いておけよ。いいな?」
『わ、わかった』
すぐにタクシーを呼んで謙太の家へと向かう。
駅からそう離れてはいない住宅街にあるマンション。スマホに記録してある住所録で部屋番号を確認し、エレベーターに乗り込む。目的の階に到着すると、何故か人だかりが出来ていた。誰かが騒いでて、それを近隣の住民が見に来ているといった感じだ。
まさか、と思いつつ人垣を掻き分けて進むと、やはりその中心には見知った人物がいた。マンションの通路のど真ん中に座り込んでいる。
「…………ケンタ」
「リュウぅ!!」
龍之介の声を聞いて、謙太はホッとしたように顔を上げた。
その時初めて気が付いた。
謙太の胸に抱かれた赤ん坊の存在に。
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