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それから晴斗達はなんとなく空を眺めた。
二人が出会った日は雨が降っていたけれど、今日は雲一つない夜空に綺麗な月が出ている。
晴斗はふと、すぐ隣から視線を感じた。礼司がじっとこちらを見ている。
「……な、なに?」
「お前と話していると不思議な気分になるな」
「どういう意味かな?」
「晴美といる時とお前といる時とでは全然違う。あいつとは子供の頃からの付き合いだし、一緒にいて楽しかった。でもお前と一緒にいる時は不思議と心が落ち着くんだ」
「そ、そうなんだ」
晴斗はなんだか恥ずかしくなってしまう。きっと顔が赤く染まっているに違いない。
ドキドキしながら礼司の様子を窺うと、彼はこちらに手を伸ばした。そのまま頬に触れられそうになったけれど、彼の手は晴斗の体をすり抜けてしまった。
「あ……」
礼司の残念そうな声が聞こえてくる。
「触ることができないのはもどかしいな」
晴斗はどう返事をするべきかわからなかった。
晴斗だって本当は彼に触れてみたい。だけど礼司の肉体はすでにこの世に存在しないのだから、それは叶わない願いなのだ。
彼と手を繋いで、体温を分かち合うこともできない。それがひどく寂しく思えた。
「……晴斗について知りたい」
唐突に呟かれた言葉に、晴斗は目を瞬いた。
「教えてくれないか?」
礼司は真剣な眼差しで晴斗を見つめている。ドギマギしつつも、晴斗は小さく口を開いた。
「どうして僕のことを?」
「さぁ……なぜだろう。俺は自分の過去が曖昧だから、それを別のもので埋めようとしているのかもしれない」
「そっか」
「それとも、単純にお前に興味があるのかもな」
晴斗は顔が熱くなるのを感じたが、なんとか平静を保つ。
「僕なんかのことを聞いても面白くないよ」
「それでも構わない」
礼司は即答した。
彼が自分に興味を持ってくれたことはとても嬉しいが、晴斗は少し照れてしまう。
「それじゃあ、僕について知りたいことを質問してみてよ。それに答えるから」
「わかった」
礼司は少し考え込む仕草を見せた後、おもむろに尋ねてきた。
「お前は晴美をどう思っているんだ?」
予想外すぎる質問に、晴斗は戸惑った。まさかそんな風に切り出されると思っていなかったからだ。
「綺麗な人だなーって思うよ。真面目だし、努力家だし、いい子だと思う」
「そういうことを聞きたいわけじゃない」
正直に答えたのに、礼司は納得していないようだ。まさかと思って晴斗は尋ねた。
「恋愛感情としてどう思っているのかを聞いているの?」
「ああ」
晴斗は困ってしまう。
彼がそんなことを気にするなんて本当に意外だった。
「僕は彼女に特別な気持ちを抱いたことはないよ」
「そうか」
礼司は相変わらず表情をほとんど変えないままだったが、どこかホッとした様子にも見えた。彼の態度が少し気になったけれど、晴斗は話を続けることにする。
「他に質問はない?」
「ある。晴斗はどんな奴が好きなんだ?」
思わず息を呑んでしまい、礼司に不思議そうな顔をされた。
「いきなり変なことを聞くね」
「そうか?」
「そうだよ。だって」
だって晴斗が好きな相手は今目の前にいる彼なのだが、そんなことを本人に言えるわけもない。そもそもどうして恋愛事に関する質問ばかりしてくるのだろうか。
「あの……例えば好きな食べ物とか、趣味とか、そういう質問をされると助かるんだけど」
「そうなのか? なら趣味は?」
「本を読むことは好きだよ。家族が生きていた頃は、お菓子作りもしていたんだ」
「それは知らなかったな」
礼司は感嘆の声を上げた。
「今でも、たまに作りたくはなるんだけど……僕の部屋はキッチンも狭いし、道具もほとんどないからさ」
寂し気に笑いながら晴斗は呟く。
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