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今日、稽古場を出るまでは張りつめて荒んだ空気を出していた暖は、この辺りを散策したことで、少し元気が出たように見えた。
民泊施設になっている小さな別荘には、暖と蒼士だけだ。
スタッフたちはすぐ隣の別な別荘に宿泊している。
「……いい人だった」
咲山のことだろう。
シャワーを浴びて寝る支度を済ませた暖が、ぽつりと言った。
リビングのソファに座って仕事のメールをチェックしていた蒼士は顔を上げた。
暖が、蒼士の隣に腰かけテレビをつける。画面を眺めているが、流れているニュース番組には意識を向けていないようだった。
「正直、稽古場戻りたいけど、この仕事挟んだら少し落ち着けるかも」
そう言いながらも、暖は鞄から舞台の台本を取り出して開いた。
付箋と書き込みだらけの台本を見つめて、呟くように台詞を確認し始める。
その途中で、頭をガシガシと掻いて台本をテーブルに置いた。
「…………蒼士さん」
気弱な声だった。
「今日ね、江連さんに
『もう、それっぽく見える動きをつけようか』って言われた。
絶対に役を掴むから、もう少しだけ俺にやらせてくれって言ったけど」
暖の言葉が詰まる。
「しんどいね。…………しんどい、蒼士さん」
最後の、助けを求めるような苦しい響きに、蒼士は胸が痛くなった。
「俺のせいだ。暖に負担をかけてきた。
もっとストレスを感じない環境や仕事を整えていれば、
もっといい状態で仕事にのぞめた」
「ごめん、責めたいんじゃない。当たっただけ」
膝に乗せていたPCをローテーブルに置くと、隣に座る暖に向き合う。
「当たっていい。暖の仕事のためになることなら、何でもする」
暖はテレビの画面を見続けていた。その目元が歪む。
「俺と蒼士さんの間で『何でも』とかいうのやめてよ。
どうせ出来ないんだから」
今までのことを償いたい、暖のために最後にせめて何かしたいという気持ちだった。
決めつけるような暖に、蒼士は言い募る。
「暖の精神的な負担を減らせるなら、何だってする」
暖がテレビを消した。頑なに蒼士の方は向かずに俯く。
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