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*****  今日、稽古場を出るまでは張りつめて荒んだ空気を出していた暖は、この辺りを散策したことで、少し元気が出たように見えた。  民泊施設になっている小さな別荘には、暖と蒼士だけだ。  スタッフたちはすぐ隣の別な別荘に宿泊している。 「……いい人だった」  咲山のことだろう。  シャワーを浴びて寝る支度を済ませた暖が、ぽつりと言った。  リビングのソファに座って仕事のメールをチェックしていた蒼士は顔を上げた。  暖が、蒼士の隣に腰かけテレビをつける。画面を眺めているが、流れているニュース番組には意識を向けていないようだった。 「正直、稽古場戻りたいけど、この仕事挟んだら少し落ち着けるかも」  そう言いながらも、暖は鞄から舞台の台本を取り出して開いた。  付箋と書き込みだらけの台本を見つめて、呟くように台詞を確認し始める。  その途中で、頭をガシガシと掻いて台本をテーブルに置いた。 「…………蒼士さん」  気弱な声だった。 「今日ね、江連さんに 『もう、それっぽく見える動きをつけようか』って言われた。 絶対に役を掴むから、もう少しだけ俺にやらせてくれって言ったけど」  暖の言葉が詰まる。 「しんどいね。…………しんどい、蒼士さん」  最後の、助けを求めるような苦しい響きに、蒼士は胸が痛くなった。 「俺のせいだ。暖に負担をかけてきた。 もっとストレスを感じない環境や仕事を整えていれば、 もっといい状態で仕事にのぞめた」 「ごめん、責めたいんじゃない。当たっただけ」  膝に乗せていたPCをローテーブルに置くと、隣に座る暖に向き合う。 「当たっていい。暖の仕事のためになることなら、何でもする」  暖はテレビの画面を見続けていた。その目元が歪む。 「俺と蒼士さんの間で『何でも』とかいうのやめてよ。 どうせ出来ないんだから」  今までのことを償いたい、暖のために最後にせめて何かしたいという気持ちだった。  決めつけるような暖に、蒼士は言い募る。 「暖の精神的な負担を減らせるなら、何だってする」  暖がテレビを消した。頑なに蒼士の方は向かずに俯く。
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