第十一話 ある秘密

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 ふりむくと、若い男が笑みを浮かべている。  ワレスよりいくらか年上だろうが、まだ二十代だ。容姿は黒髪に黒い瞳。柔和な顔立ちはとても整っている。衣服も高級品だ。 「あなたは?」  たずねると、 「アレクシだよ。リュドヴィクの兄だ」 「なるほど。あなたが長兄か」  アレクシは微笑した。リュドヴィクのさまざまなウワサを聞いたあとでは、ずいぶん穏やかな印象だ。兄弟でもこれほど性格は異なる。 「たしかに、あなたの弟君が亡くなった件で調べているが、それが何か?」 「いや。とくに用はないよ。ただ、弟のことだから、テルム公爵家の花婿になれるなら、きっと汚い手段も使っただろうと思ってね。恨まれたんじゃないかな。自業自得だ」  ワレスは不思議な気がした。いくら根性がねじまがっていたとしても弟だ。兄の彼はその死が悲しくなかったのだろうか?  すると、ワレスの表情を読んだように、アレクシは笑った。 「もちろん、まったく悲しくないわけじゃない。でも、リュドは私を兄というよりは敵のように思ってたからな。ホッとしてるところはある。私とリュドは母も違うしな」 「母が? じゃあ、あの雄叫びのように泣きちらしてた貴婦人は、あなたの母親ではないのか」 「あれは父の再婚相手だ」  なかなか複雑な家庭環境のようだ。しかし、それにしても、なぜ弟の事件を調べている役人に声をかけてきたのか疑問は残る。ちょっと、カマをかけてみる。 「あなたの弟は、レモンド嬢をおどしていたふしがある」 「ああ、やっぱり」 「やっぱり? 何か心あたりでも?」 「心あたりというか。絶対に花婿になってやると勇んで出発していった翌朝に、とつぜん帰ってきたんだ」 「帰ってきた?」  そんな話は、レモンドやほかの花婿候補からは一度も聞いてない。ということは、彼らに見つからないよう、こっそりテルム家をぬけだしたのだ。 「なんのために?」 「さあ。そこまでは知らない。が、何かを調べてたみたいだな」  リュドヴィクはテルム家で何かに気づいた。だが、それなら、そのままテルム家で調べればいい。わざわざ帰ってきたのは、実家でしかわからないことがあったからだ。 「リュドヴィクの部屋を見せてもらってもいいだろうか?」 「かまわないよ」  何かしらの手がかりが残っているかもしれないと考えた。  リュドヴィクの私室は、次男にしては贅沢だ。広いし、嗜好(しこう)品が多い。求めるものはなんでも買いあたえられたのだろう。 「日記は書いてなかったかな?」 「リュドヴィクはそんなやつじゃない。手紙もめったに書かないんだから」  アレクシの言うとおり、書きもの類は見つからない。どうも、部屋を調べてもムダらしい。 「戻ってきて、誰かと話してなかったか?」  アレクシはうなった。 「リュドヴィクの行動を監視してたわけじゃないからなぁ」  まあ、そうだ。弟が家に帰ってきたからと言って、めくじらを立てる兄はいない。  しょうがない。  ワレスはあきらめて、いったん、テルム家へ戻ることにした。むこうにいたあいだのリュドヴィクの行動を洗いだしてみたほうがいい。  思案するワレスのよこで、アレクシが一人でしゃべっている。もしかしたら退屈なのかもしれない。だから、ついてくるのだろうか。 「わたしの母が亡くなったのは四つのときだった。今の母はそのすぐあとに来た。母が恋しくてしかたないころだから嬉しかった。新しい母も最初は優しかったんだ。だが、弟ができると、とたんに冷たくなってねぇ。だから、リュドには邪険だったかもしれないな。子どものころはよくケンカした。でも、いい思い出もあるんだ。一人でさみしくて泣いてると、あいつがやってきて、生意気なことを言って私を怒らせるんだ」  それは果たして、いい思い出なのか? はなはだ疑問だ。 「まったく性格は異なるのに、やっぱり兄弟なんだな。不思議なもんだ。なぜか二人とも、生まれつき、ここにそっくりな形のアザがあってね」  そう言って、アレクシは自分の襟元をグイッと指でひきさげた。アザというから赤いのかと思えば、青い。打撲のときの皮下出血に似ている。手指の爪ていどの丸いアザだ。 「へえ。兄弟で同じアザか。おもしろいな」  母が違っても父は同じだ。おそらく父方の血筋によるものだろう。  そのとき、ワレスはふと思いだした。つい最近、誰かの胸にそれと同じものを見たような気がする。  いったい、いつ、どこでだったろうか?  男ではない。胸が見えるということは女だ。そう。仮面舞踏会のときなら。十二公国の服は胸元が大きくあいている。  必死に記憶をしぼりだす。そして、とんでもないことを思いだした。 (……待てよ。あれはアザじゃなかった? でも——)  そうだ。まちがいない。  しかし、となると、人間関係はワレスが考えていたより、はるかに複雑になる。
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