10人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
彼女はモデルをしていると噂だ。
名前はイダ。
黒髪のおかっぱに近いショートヘア、身長は175センチくらい。
褐色のミステリアスな瞳で、いつも黒っぽい服に身を包んでいる。
講義で隣の席なのに、一度も話したことがないなんておかしな話だ。
彼女は滅多に喋らない。
友達とつるむということもない。
「消しゴム」
ある日の講義の途中、隣から突然声がした。
「え?」
「貸して」
「あ、うん!どうぞ」
「どうも」
彼女は器楽科一の秀才で美人にも関わらず、喋らないし他人と交わらないことから完全に変人扱いをされている。
「あ、あの」
私は講義が終わって、初めて自分から彼女に話しかけた。
「何か?」
「喋るんだね」
「私?」
「うん。今まで隣の席なのに全然話したことなかったから」
「あなた、誰と行くの?」
「何が?」
「週末の講堂であるダンスパーティ。好きな人を誘えるやつ」
「まだ決まってない」
「そう。ま、どのみち私は行かないけど」
「そうなんだ」
イダに手を振って教室の外に出ると、油絵科の幼馴染のルネが何か体操をしている。
ブラウンの長い天然パーマの髪を後ろで束ね、同じ色の深みのある瞳は、背をのけぞらせた時に天を仰ぐ。
「ルネ、何してるの?」
「日本のラジオ体操」
「それって健康にいいの?」
「多分ね。昨日YouTubeで何故か関連動画に上がってきて、観てやってたら覚えちゃった」
「ルネはパーティー誰と行くか決まった?」
「私は行かない」
ルネは即答した。
「本当に?誰からも誘われてない?」
ルネはユニークな子だが顔は綺麗なので、既に誰かしらから誘いがあったものとばかり思っていた。
「みんなにも言ってあるから。『行かない』って。だから誰も私を誘ってこない」
「私も行かないことにしようかなって思ってて。せっかくドレス買ったけど、乗り気じゃなくて」
「ふーん。それならさ、誰か知らない人の結婚パーティーに忍び込むのはどう?」
「何それ?」
「前に観たインド映画でやってたんだよね、学生が」
「それって、『おそらく、うまくいく』って映画?」
背後から突然イダに話しかけられ、私はビックリして体が跳ね上がる。
「そうそう、当たり。よく知ってるね」
ルネが同志を見つけたかのように嬉しそうに答える。
「その企画面白そうね。私も参加していい?」
まさか、あの無口なイメージのイダから参加の申し込みがあるとは思っていなかった。
「全然いいよ」
ルネは笑顔で即答する。
「まだやるって決まってないけど」
私は呟く。
「もう私の中では決まってる」
ルネは決意に満ちた表情で言い切った。
そもそもそんなことをしたら、下手したら警察に捕まるんじゃないか。
前に観たスペインの女子刑務所のドラマの映像が鮮明に蘇り、背筋に悪寒を覚える。
しかし、やる気満々の2人を止める術など私は持ち合わせていないのだった。
最初のコメントを投稿しよう!