7人が本棚に入れています
本棚に追加
/226ページ
1.きっかけ~野球とクイズ
なぜ、ため息になったのだろう。
部屋中がひっくり返されていた。
机やタンスの引き出しという引き出しが目一杯飛び出して、重みで取っ手側が傾いている。
押し入れの布団が追い出されて奥にあったはずの荷物がばらまかれている。
本棚の童話や漫画が全部外に積み出され、空になっている。
子供部屋がそんなで、居間も同じような状態で、倉庫なんかそれに輪をかけた荒らされ様だ。
キッチンの、食器棚に手がかかった。
その手首が、一回り大きな大人の手につかまれた。
ハッと振り向いた大柳らいとは、その目に恐ろしい形相の母、美里を映した。仏間に飾られている鬼の面とそっくりだ。
「いい加減にしなさい!」
泡食って口をパクパクさせているらいとの後ろから、
「じいちゃんに言ってよ」と平然と口答えしたのは一つ年下の妹、怜布だった。
この有様は、去年のこの時期と全く同じ。
そして来年も繰り返されるだろう、1つの儀式になるかもしれなかった。
なぜ、ため息になったのだろう。
打球が夜空に線を引き、一瞬で観客席の真ん中に飛び込んだ。
らいとと怜布は、それを食いつくように見入った。
野球の試合中継だ。
その小さな画面のテレビと怜布の顔半分が、らいとの視界にちょうど収まっていた。
怜布の目は血走っていて頭からは湯気が出そうな緊迫感があった。
自分も同じような顔をしていたのだろうとらいとは思う。
2人の間に、3つ年下の弟仙汰も体半分割り込ませていた。
「あんたは関係ないでしょ」と怜布に足蹴にされても、混ざりたがって入り込んでくるのだ。
そうだ。
仙汰には関係ない。
これはらいとと怜布の問題なのである。
そのために2人は家中をひっくり返したのだから。
引き出しという引き出し、棚の裏、押し入れの中、壁と机の隙間。
年末の大掃除より念入りに確かめた。
でもダメだった。
母の指令で仕方なく取り敢えずは片付けた。
画面の中で観客の上げていた歓声は、球が落ちた瞬間にため息に変わった。
「もう少し離れなさい。テレビは3メートル厳守するように!」
美里が縁側からチャキチャキと入ってきて言った。
渇いた洗濯物を3人にパッパと振り分ける。
その動作には、自分の洗濯物はそれぞれが畳め、という指令が含まれている。
最初のコメントを投稿しよう!