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ごめんね。
言いかけたその言葉を、僕は敢えて言葉にしなかった。
「僕も楽しかった。幸せだったよ。釣りの時、父さんが言いかけた言葉が何となくわかった気がする。きっと父さんは、ああいう何気ない日々が幸せだったんだ。母さんは死んでしまったけど、毎日幸せだったんじゃないかな。僕もそうだったように」
アカネさんとミミちゃんは、魂の欠片である光の綿毛を見上げながら、すうっと森の中へと消えて行った。
光の綿毛も星の欠片みたいだな、と空を見上げる。
そうだ。僕は命を絶つ前、アカネさんとホタルを見た時に願ったんだ。
いつかまた、家族と暮らしたいって。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさ――」
まだ残った右手で、そっとコナツちゃんの頬に手を添える。
柔らかくて、命のある人間の肌だ。
「ごめんなさいより、ありがとうの方が嬉しいよ。ってコナツちゃんが言ったんだよ」
コナツちゃんは、はっとしたように一度唇を結んで、そして改めてゆっくりと息を吸い込む。
「お兄ちゃん、ありがとう」
涙声で弱弱しく。そしてもう一度、今度は力強く。
「ありがとう、コナツちゃん。折角作ったのに、おにぎり食べられなかったね。でもコナツちゃんと食べたご飯は、最高の想い出になったよ」
消えかかる両肩に、ふわりと温もりが降って来た。
左肩に大きくて武骨な手。
右肩に細くて長い指の手。
この森に入ってから、何度も感じた視線と共に。
真夏の蝉しぐれの空へ、風に乗って――。
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