526人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
昼休憩までに緊急の書類はほぼ処理し終えると急ぎ足でカフェまで向かう。早く志貴さんに会いたくて、カフェに向かう速度は少しずつ早くなっていった。
志貴さんは居るんだろうか……。
付き合い始めたっていうのに志貴さんの連絡先を俺は知らなくて、そんな抜けてる自分に腹が立った。
カフェに着くと、いつもの席に志貴さんの姿を見つけて、下がっていた気分が一気に上がる。
「志貴さん」
「仕事お疲れ様」
そう言って優しく微笑んでくれる志貴さんに胸がとくんと跳ねて、好きだなあって再確認した。
席に着くと店員さんにコーヒーを注文してから、一息ついた。
「俺すごく志貴さんに会いたかったから居てくれて嬉しいです」
「僕も会いたかった」
同じ気持ちなことが嬉しくて、思わず破顔すると志貴さんもふわりと笑みを向けてくれて、今すぐにでも抱きしめたいって思ってしまう。
父さんは俺達の関係を認めてくれないけど、俺はこの人無しじゃ無理なんだ……。
志貴さんと出会う前の自分に戻ることなんて出来やしない。
「そうだ、貴臣に確認したいことがあったんだよ」
「なんですか〜?」
「その……貴臣って星野グループの社長の息子さんだったりするのかな……?」
聞きづらそうにそう口にした志貴さんに俺は嫌な予感がして、なんでですか?って尋ねた。
「星野ってインテリア関係ではトップレベルの大きな会社でしょう?だから、貴臣がそこの跡取りなら、男と付き合うのは不味いんじゃないかって……」
志貴さんの言葉を聞き終えた俺は、思わず、何それって吐き捨てるみたいに呟いていた。
「なんだよそれっ!」
つい飛び出した少し大きめの声に周りにいたお客さんや店員さんがこちらに視線を向けてきたけど、俺はそんなの気にしてる余裕が無いくらい動揺していた。
「貴臣っ、落ち着いて」
「だってっ、なんで志貴さんまで父さんと同じこと言うんだよっ」
なんだか泣きそうで、さっきまで高かったテンションは急激に萎んでしまっていた。
「やっと付き合えたのに、志貴さんは俺が星野の跡取りだから別れた方がいいって言うのかよ」
「貴臣っ、僕だってこんなこと言いたくないけど、でも僕は三十路を超えてるいい大人だからどうしても世間体を気にしてしまうんだよっ。貴臣に迷惑をかけたくないんだ」
「そんなのおかしいだろ!!」
俺は困り顔をする志貴さんを睨みつけると彼の胸ぐらを掴んで強引にキスをした。
人前だとかそんなことどうだって良かった。
大好きな人から、志貴さんからそんなこと言われるのが耐えられなくて、彼の口を塞いでしまいたかったんだ。
「っ……ん、貴臣っ」
「志貴さんがなんと言おうと俺は別れるつもりありませんから」
好きだけじゃ駄目なのか?
好きだからこうして一緒にいるのに。
好きだから付き合ってるのに。
会社の跡取りだとか世間体だとかのために好きな人と離れないといけないなんて、そんなのおかしいだろ。
俺はもう一度彼にキスをして彼から手を離すと、テーブルにお札を1枚置いてその場を後にした。
もう何も聞きたくなかったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!