1. 序章

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1. 序章

 真っ暗な学校の体育館。月明かりが明るく注ぎ込む。  世では丑三つ時と呼ばれる真夜中。  体育館の中央で、白くて長いドレスを身に纏う人の姿。  月明かりで床に長い影が伸びる。  ヒタヒタと素足で歩きまわる。  髪はざんばらにかき乱れ。  目は血走っている。 「昨日の私  今日の私  明日の私」  一つ一つ、1mくらいの高さで幅が50cmくらいの鏡を、それを支える台の上に乗せる。  昨日の私と名付けられた鏡の後ろに、30cmくらい離して今日の私の鏡、今日の私の鏡の後ろに、再び30cmくらい離して明日の私の鏡。  3枚並べた鏡の前で、口を大きく左右に広げながら微笑む。  それ以降、一昨日の私、3日前の私、4日前の私、と名付けられた鏡が、昨日の私と名付けられた鏡の前に、並べられていく。  長く長く続く昨日の私が30日分つらなって並べられる。  「ははーん。妖狐迅雷術ね。いつ狐に魂を売ったの?」  体育館の入り口から一人の高校の制服姿の女子が、ランタンを片手に登場する。華奢でスタイルがとても良く。髪はポニーテール。八重歯が少し可愛らしい。  ピタリと白いドレスの人影が動きをやめる。  「最近、この辺りにさー。夜な夜な人を喰らう狐が出るって噂だよ。3丁目の岸田さん家のバァチャンとか、5丁目の近峰さん家の娘さんとか。行方不明さー。なんか知ってる?」  白々しくその女子は白いドレスの人影に語り掛ける。  「警備員は既に喰われてるのかい。けったいな事すんね。」  足元に落ちている、警備員の帽子を拾い上げて、くるくると指先で回したかと思うとかぶって見せる。  「でー?今夜は雷でも出そうっての?」  『うるさい』  白いドレスの人影が答える。ドスの利いた複雑な声だ。たとえて言うなら合成した音声で喋る自販機の、片言な日本語のような喋り方だ。  「なんで人喰ってるの?」  『生きるためだ』  「生きる為って・・。あなたこの世に居ないでしょ。」  『違う!!!!!!』  白いドレスの人影の体の中央に、青色の稲妻がバリバリとした姿で現れる。  「許しがたいの。あなたには抹殺命令が出ているわ。」  『知れた事を。』  「反省する気、無いみたいだから、やっちゃうよぉ!!」  制服姿の女子は走り始めたかと思うと、数枚のお札を取り出して、白いドレスの存在に向けて、空気を切るかのように回転させて投げつける。  白いドレスの存在の周囲でそのお札はぐるぐると取り囲むように回る。  「破魔!風漸陣!!」  掛け声と同時に竜巻のような激しい空気の渦が生じて、お札が白いドレスの存在を吸い込んでしまった。  「ふうっ。」  汗をぬぐうような仕草。女子は先ほど飛ばしたお札を回収しに、体育館の中央に向かう。  ぐぬぬぬぬーぐぬぬぬぬー  大きなそして深く苦しむような唸り声が響き渡る。  忽然と体育館の天井に、剥き出しで巨大な目玉がぶら下がっている。  目玉から強烈なレーザのような青白い光が降り注ぐと、その光は女子を床にたたきつけた。  床に落ちていたお札が起立するかのようにヒョコンと立ち上がり、それに呼応するかのように、先ほどの白いドレスの存在が浮き上がり、そして蘇った。  白いドレスの存在は、倒れている制服の女子に近寄り、そして馬乗りになると、女子の腹のあたりを素手で掻っ捌いて内臓を引きずりだしてむしゃむしゃと食べる。  白いドレスは返り血で瞬く間に赤く染まる。  これでは、制服姿の女子はひとたまりも無いだろう。  一通り食事を終えると白いドレスの存在は、再び鏡を並べる作業に戻る。  朝がいつまでたっても来ない。  既に時刻は朝8時になっている。  登校時間が過ぎているのにも関わらず、誰も登校して来ない。  腹を掻っ捌かれた女子は意識を取り戻す。派手に腹の中を食いちぎられた痛みに耐える。だがしかし、お腹のあたりから煙が濛々と立ち上り、みるみるうちに体の傷は修復されて行く。  「私を甘く見たわね。秘術。肉体自己再生術。」  すぐにふらついた足を立て直し、足を床に踏みしめる。  制服のお腹のあたりが随分と破られていて、それが一番ショックのようだ。  「あの目ん玉が、あなたのボスね。」  天井からぶら下がる一個の目玉を睨みつける。  「そして、この体育館だけ現実世界から分離して、全く違う時間軸に入ろうとしている。」  空間と時空の歪みがかなり強烈で、妙な重力波が頭痛を引き起こす。サイレンのように激しく響き渡る音。時々不愉快な耳鳴りが繰り返される。尋常ではない霊障だ。  「私、聞いたことがある。昔、この体育館で自殺した女子生徒が居たって。学校でイジメに遭って、悩んだ挙句。深夜に体育館に一人で来て、睡眠薬を飲んで死んでしまった。それ以来この体育館には、白いドレスの女子が現れるようになったって。」  『生きたい・・・』  か細い声で白いドレスの存在が泣き言のような事を云う。  「化け物のように変わり果てても尚、生きたいのね。平気で人の内臓を食べるような生き物が、果たして日の当たる世界に出られるかしら?」  女子はお腹のあたりを擦る。ようやく大きく空いていた穴がふさがり、通常の皮膚に戻った。  『稲妻。浴びる。私。命を得る。』  「このままじゃ、私、元の世界に戻れなくなっちゃうな。ここは一旦撤収ね。」  体育館の入り口と、本校舎の接続部分は、数十センチ空間にズレが生じていて、体育館の入り口の側が、沈むように下がっていた。良く見ると、本物の方の体育館と、こちら側の体育館の二つが同時に重なり合うように存在していて、それぞれが少しずつ距離を広げるかのように別の世界のものになろうとしていた。現実世界の側から切り離されようとしている側に居るので、このまま本格的に分離が進むと、現実世界に戻るのは容易ではないことがうかがい知れた。  女子は少し段差のできた所を軽くジャンプして乗り越えると、体育館の入り口をくぐる。  するとたちまち現実の世界に戻り、日の光が眩しく注ぐ。全校生徒集会が始まるのだろう。生徒たちが勢いよく体育館に入って行くど真ん中に、突然制服姿の女子が現れたのだから、皆とても驚いて一瞬騒ぎになるが、そこは抜群の脚力で走り去って、その場を後にしたところで事無きを得る。  だが、現実世界でも、警備員が不審な死を遂げた事で大騒ぎになっていた。  女子は固く結んでいた髪の紐を解いてポニーテールをおろす。お腹のあたりが破れた制服姿の女子なので、通行人はじろじろと穴の空いた箇所を見る。その都度、会釈なのかごまかし笑なのか、そんな表情をしてやり過ごす。  女子は自宅に帰る。母親が優しく声をかける。  「もう学校終わったの?」  「終わってない。今日サボった。」  そういうやり取りをして自分の部屋に籠る。  とても一晩中外に居たなんて本当の事は言えない。  破れた制服を私服に着替える。ちょっとやりすぎかもしれないけど、ニットのワンピース。  私の名前は「須崎あんな」。  近くの進学校の女子高校に通う高校2年生だ。  ある時暇つぶしで覗いていたSNSで、興味半分でウィルス付きのリンクを押した。だって学校で嫌な事があってムシャクシャしてたから、PC壊れたら面白いかなーって思った。ただそれだけ。  そうしたら、急に画面に動画が流れ出して、私は瞬く間に謎の秘術を継承できてしまった。  動画の中で説明されていた100以上の術は使える。あまり何も考えなくてもその術は無意識のうちに使いこなす事ができる。  でもそれ以来変な事件に巻き込まれまくる。今日のような殺人事件の現場とか、色々なところに出向くように、このパソコンに指令が飛んで来る。  私も馬鹿だから何も考えずにそういう場所に出向く。  そしたら今日みたいな事が起きて、大体は戦って勝んだけど、今日みたいに逃げて来る事もたまにはある。  でも、今日の件は向こうの側が逃げ出したのね。  つまり、私が邪魔をしたから朝までに術を完成させられなかった。狐の術は夜のうちでなければ成り立たないわ。だから朝が来た時点で結界を分離させて逃げ出した。逃げ出したのは目玉のお化けと、白いドレスの存在の側ってわけ。  このまま本当に私は高校を卒業できるのかな。  そんな花咲く乙女の青春ホラーミステリー。
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