聖印の乙女

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「アンナ、僕の魔力をたくさん食べて。できれば、僕だけの魔力でキミを満たしたい」 「そんなマズイ闇の魔力よりも、父さんの大地の魔力の方が断然美味しいぞ。栄養満点だ!」  人形のように眠りつづけるレティシアに、日々、食事代わりとなる魔力を注いでいるのは、オルガリアが誇るふたりの聖印持ち。 「あのさぁ、どんだけ無駄に魔力が余ってるか知らないけど、少しは加減して注いでよ。アンナの綺麗な髪が緑色になったらイヤなんだけど」 「なんだとっ! それをいうなら、オマエみたいな闇色の髪になったらどうするんだ!」 「ああ、それはいいね。アンナとおそろい……」 「ふざけるなあっ!」  別邸に響くのは、ゼキウスとジオ・ゼアの云い争う声ばかりで、或る日、聞くに堪えかねたローラによって、ふたりとも庭に放り出された。 「うるさいっ! ふたりとも同時に魔力を与え過ぎよ! 食べ合わせが悪くて、レティによくないわ!」  それ以来、ゼキウスとジオ・ゼアは交互に魔力を注ぐようになったのである。  供給過多になりがちな『聖印持ち』ふたりに目を光らせるのは、ローラとロイズの役目となっている。  そうしてレティシアが眠りつづけて2ヶ月あまり。  初夏の風が吹き込むその日も、いつものように必要以上に魔力を供給しようとするジオ・ゼアにローラが小言を云いかけたときだった。 「レティが息をしているのは、ふたりのおかげよ。でも、今日はそれくらいにして――」  強い風が、窓から吹き込んだ。  レースのカーテンが大きく揺れ動き、部屋に飾られた100本以上の紫の花が左右に揺れると、花びらが風に乗って、まるでレティシアを取り囲むように一斉に舞い広がった。  不自然な動きをする花びらにジオ・ゼアとローラが気を取られた瞬間――  寝台は紫の閃光に包まれた。
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