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「あ、そうだ。拓磨君にこれを返さなきゃ。」
車から降りようとした莉緒さんがもう一度助手席に座り直し、バッグから何かを取り出す。「手、出して」と言われるまま僕が左手を差し出すと、彼女が冷たい鉄の塊を僕に握らせた。
「忘れるとこだったわ。」
まったく、この人は物持ちがいいな。思わず口元が緩む。初めて会った日に僕が海に投げ捨てようとしたオイルライターは、変わらず鈍い光沢を放っていた。
「ありがと。」
「今度は離しちゃだめだよ。じゃあ!」
「うん。じゃあまた、十年後。」
「忘れないでね!」
この人のさっぱりとした明るさにどれだけ救われただろう。
勢いよくドアを閉めて莉緒さんが去っていく。何回か振り返って手を振る彼女に僕も運転席から手を振って応じた。
やがて彼女が駅の改札に入って行くのを見届けたあと、僕は鞄から小ぎれいな便箋を取り出し、そこに書かれた住所をナビに入力する。
液晶に表示された目的地までの所要時間は約一時間四十分。すぐ会いにいける距離なのに、どうして会いに行かなかったんだろう。思えば一年以上も経っている。
僕は力強くハンドルを握り直し、ゆっくりと車を発進させた。
「・・今度は離さない、きっと。」
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