雨の日の告白

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 雨ですねぇとその人は静かに呟いた。  高級な部類に入る老人ホームで、特に値段のはる一室に住んでいる女性だ。  髪は完全なる白髪ながら艶があり、一つに束ねて右肩にかけてある。穏やかでいて上品な神山さんはワガママな入居者の多いここではまるで天使のような存在だった。 「土砂降りになりましたね」  私の返事を聞いて窓からこちらに顔を向けた。 「今夜は当直なのかしら?」 「はい。朝までに上がるようなことをテレビで言ってましたからかえって良かったです」  そうね。と、柔らかく微笑んでからまた窓の外へと顔を向けた。昼間の晴れている時間なら富士山が臨める長閑な風景だが、今は明かり一つない漆黒の闇夜だ。強いて言うならガラスに神山さんが映り込んでいるだけだった。 「怖いですか?」  風も吹いている。激しい雨音と共に風の唸り声。人の心を不安にさせる荒れた天気だった。 「いいえ、少しも。むしろ落ち着くの」  私は腕時計に目を走らせ、まだお喋りをしていても問題ないと踏んで、神山さんの腰掛けている椅子の横に並んだ。 「落ち着きますか……」 「ええ、とても」  かなり意外なことだが、なるほどと言ってみた。人によって感性が違うのかもしれない。
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