祈りのように

229/229
9人が本棚に入れています
本棚に追加
/229ページ
        -225-    旅行初日。僕たちはユニオンステーション(Union Station)で待ち合わせた。ユニオンステーションとはワシントンD.C.の鉄道の駅で、全米を繋ぐ鉄道、アムトラック(Amtrak)等の鉄道が発着する。駅は寮から歩いて東に40分ほどの場所にあり、U.S.キャピタル(アメリカ国会議事堂)からほど近い場所にある。いつもなら歩く距離を荷物があったためこの日は地下鉄で移動した。デュポンサークル駅からメトロシステム(地下鉄)に乗り、5つ目の駅のユニオンステーションで降りた。長いエレベーターで地上階に上がっていくと、天井の高いガラス張りの巨大な円蓋空間の景色が頭上に広がった。そこは多くの人たちで賑っていた。古代ローマの建築様式のような荘厳な建物の中にたくさんの店が軒を連ねていて、巨大でありながら上品なショッピングモールの様相を呈していた。僕はこの駅のことを旅行ガイドブックで見て知っていた。しかし、これほど建物が大きく美しく、多くの人でにぎわう場所だとは思っていなかった。車社会のアメリカでは駅はマイナーな存在でしかなく、人もおらず、駅はもっと小さくて質素だと思っていたので、僕は驚くと同時に、寮からこんなに近くにある、とても魅力的な駅の姿を今まで見ずにいた僕の行動範囲の狭さを改めて反省した。 「よお、タク!」  後ろからアキオの声がした。振り向くと満面の笑みを浮かべたアキオがそこにいた。(ここ)で会うことは約束はしていたものの、(ここ)がこれほど広大だとは思っておらず、アキオを探すのに一苦労するなと思った矢先に問題は解決した。 「ハイ、アキオ」  僕はアキオに言った。 「楽しみだな! タク」 「そうですね」  僕は今まで、ちゃんと旅行をしたことがなかった。旅行と言えば強制参加の修学旅行くらいで、家族とも1泊以上の旅行したことは記憶にある限り2度だけだ。それも、法事や父の加盟する商店街振興組合が実施した慰安旅行に仕方なくついていった程度で、僕自身や家族で純粋に旅行を企画して出かけたことは一度もなかった。僕が小学生だった頃、夏休み明けに学校へ行くと必ず旅行やキャンプのことが話題になった。担任の先生も「みんなどこへ行きましたか」と朝のホームルームで張り切って言うので、どこにも行っていない僕はいつも肩身の狭い思いをした。でも、どこにも行かないことが僕には普通になっていった。高卒後もずっと家にいるような気がしていた僕が、遠い異国の地のアメリカで留学するなんて全くの想定外のことだった。それに今回の旅行もアキオが言いださなければ、僕は行くことはなかっただろう。 「さあ、行こうぜ、タク!」  僕たちは改札口に行ってニューヨーク行の乗車券を見せたあと、鉄の塊のような巨大なアムトラック列車に乗り込んだ。
/229ページ

最初のコメントを投稿しよう!