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氷の王子
私立星藍学園高等部は、さまざまな分野の著名人や資産家の子息が通うことで有名な全国屈指の名門校だ。
豊かな緑に囲まれた広大な敷地内でひときわ目を引くのは、今春完成したばかりの新校舎──だが、生憎の曇天と霧雨に覆われた今は、荘厳なその佇まいはどこか不気味な雰囲気を漂わせている。
そんな中、学園の中央に位置する式典会場では、今まさに入学式が執り行われている。新入生代表挨拶を務める生徒の登壇と同時に、会場内がざわめいた。
鮮やかな橙色の髪、透き通るような白い肌、中性的で整った目鼻立ち、モデル顔負けのすらりとした体躯──「美しさ」という概念の構成要素をすべて兼ね備えた、まさに美貌の化身たるその姿に誰もが見惚れ、時間が止まったかのような静寂が降りる。
形の良い唇から紡がれる自信に満ちた言葉──危うい色気がにじんだ美声が、男女を問わず、会場内のすべての人々を色めきたたせる。
やがて堂々たる挨拶を終えた彼がほっとしたようにはにかめば、ある者は気絶し、ある者は魂を抜かれたように茫然自失に陥った。
盛大な拍手と黄色い悲鳴を浴びながら控えめに手を振る彼の姿は、多くの人々の目に鮮烈に焼きつけられた。
類稀なる美貌と計算し尽くされた立ち振る舞いによって、ものの数分で会場内を魅了した彼は、中高一貫校である星藍学園において、入学以降つねにトップの成績を収めてきた学園一の優等生である。
あまりの有名さゆえ黒い噂も絶えないが、本人は否定しないばかりか気にもとめていない──というか、噂の一部は事実であり、それを本人が認めた上でも、彼の人気は衰えることを知らないのだ。
俗に言う「学園の王子」とは一味ちがう、いわばダークヒーロー的な立ち位置を堂々と確立している彼の潔さは、いつしか「氷の王子」という愛称を生んだ──が、それにまったく気づいていない本人は、いまだに正統派王子を演じているつもりでいる。
注がれる視線の一つひとつに、それが当然の義務であるかのように微笑みを返す彼は、この学園に潜む闇──人知の及ばぬ彼らの存在には、当然まだ気づいていない。
いつしか本降りになった雨のなか、彼のはるか頭上にある天窓の外枠から、一羽の白い鳥が音もなく羽ばたいた……───。
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