06 海辺のテラス

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              * 「だよな。人間というヤツは何をしでかすかわからん。オマエみたいに」シュウは呟くように言った。  背後の声に振り向いたイワンは目を剥いた。 「ブ、ブーステッドマン……オオサカの……」 「マッチポンプだな。Aliceを造ってばら撒く。一方で中毒者の治療にアドバイザーとして参加する。麻薬の効果も改良点も、欲しいデータが手に入る。なるほどな」  博士はベルトのバックルを触った。 「誰も来ないぜ。人相の悪い用心棒とジャーマンシェパードは、ガレージでグルグル巻きにしてある。ついでに料理も届かない。メイドは早退した」 「そ、そうか。まあ、掛けないか。ここから見る夕陽は最高なんだ。グラスを用意しよう。シラーは好きか?」 「こんな処に隠れてたか」 「隠れてるわけじゃないさ。この島はいい塩ができる。食事に欠かせなくてね。特別なラグーンで作らせてるやつだ。キミにも分けよう。テンプラに合うぞ。舌鼓(したつづみ)を打つ、と言うんだな、ニッポンでは」 「くわしいんだな」 「ニッポン通なんだ。友人さ。何度も行ったよ。キヨト、ホッカイド……」 「そのレポートは──」画面に表示されたKINKIメディカルのデータを顎で指す。「島に着いてからオレが送信させた。ここまで来る時間が必要だったからな」 「ああ……ああ、そうか。ありがとう。仮想現実麻薬(VRD)の治療にきっと役立つ」 「ベラベラ喋って時間を稼いでも助けは来ないぞ。匿名のリークがあった。売られたんだよ、オマエは」  イワンの顔は見る間に青ざめる。 「待て。ボスと話をさせてくれ。何か誤解がある」あわててPCを操作する。  あるサイトのログイン画面が表示される。だが、何度パスワードを打ち込んでも無効だ。数回拒否された後、画面はロックして入力不能になった。  イワンは茫然としていた。が、どこに隠していたか、いきなり拳銃を向けてきた。  引き金を引く間はなかった。速さでブーステッドに勝てるわけがない。シュウに掴まれた手首は逆向きに骨折し、銃口は自身に向いていた。  激痛に悲鳴をあげる男をロープで椅子に縛り付けた。 「警察へ連れて行け。ワタシには裁判を受ける権利がある!」 「そうだな。だが、裁判長はもう決まっている」シュウはAlice原液の小瓶を取り上げた。「オマエを裁くのはハートの女王だ」 「な、何をする気だ」 「データなんか取るより実体験の方が早いだろ」額を押さえ片目をこじ開け、原液を点眼した。「もうへ戻って来れないがな」 「やめろッ。1000人分だぞ!」 「そりゃいい。一回で中毒だ。すぐに天国と地獄を往復できる。Aliceは娘なんだろ。ニッポンでは、目に入れても痛くない、って言うぞ。それも知ってたか?」  応えはない。目は上転し口は泡を噴いている。  もう飛んで行った。不気味の国の、とりあえずは天国面へ。 「女王によろしく言ってくれ」空の薬瓶を開いたままの口に押し込んだ。  PCディスプレイには、ロックされた某サイトのログイン画面が表示されている。  webカメラのレンズは冷たくこちらを睨んでいる。  見ているんだろう? そのレンズから。  睨み返す。レンズのむこう、回線の先に居るはずの男と対峙する。  オレを覚えているよな。あの時、死にそこなった小僧だ。  ぎり。思わず歯を噛みしめる。  いつかオマエの前に立つ。そのときオレは、誰も止められない悪魔に成る。  待っていろ、(リウ)──                    file is closed
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