01 ブーステッド

1/3
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/39ページ

01 ブーステッド

 盛り場の路地に、その少女はいた。  純白のシャツにピンクマーブルのパーカーを羽織り、黒レザーのミニは下着が見えそうなほど短い。そこからモデルのような脚が伸び、ガラス細工を思わせるクリスタルなヒールに収まっている。蝶の(はね)(かたど)ったサングラスをかけフードを被っているから、顔を隠す気は一応あるようだ。  積み上がったビールケースの陰から、シュウは路地の様子を窺った。  すえた臭いの漂う(みち)に酒場の裏口が並んでいる。先へ抜ければ安ホテル街。表通りの喧噪は薄れ、街灯のうらぶれた光が降っている。  まれに酔客が通る。少女のナマ脚に見とれるが、ちょっかいを出す事はない。頻発する殺人事件を怖れているからだ。犯人がいたいけな少女じゃないという保証はどこにもない。そそくさと行き過ぎる。  少女は塀に寄りかかり、頭をリズミカルに動かしていた。ワイヤレスイヤホンで音楽に夢中だ。  シュウは確信する。彼女はブーステッドだ。したがって殺人犯など恐れるに足りない。むしろ彼女が殺人犯の可能性すらある。が、その可能性は却下。そういうじゃない──ゼロ課エージェントの経験が告げている。  ホテル街に続く闇から小柄な男が現れた。狐を連想させる面相だ。音もなく少女に近づき、ジャンパーのポケットから紙包みを取り出した。  少女は腕時計型端末(リストデバイス)で決済する。  シュウは既に動きだして二人の横にいた。  ギョッとしたように狐が振り向く。あわてて逃げようとした脚を払う。転倒した狐の首に、拳の指輪を当ててマーキングした。  皮下脂肪に溶けたナノ標識が発信を開始する。もう逃げられない。で組織に消されたくなかったら、自首するしかないのだ。  少女はホテル街へ逃げた。もう距離が空いている。  チッ、やはりブーステッドだ。しかもAクラスの。  シュウは加速した。風のない三月の夜気が暴風と化す。  前方に廻りこまれた事に驚愕し、少女は加速を解いた。  その腕をつかむ。「あきらめろ。オレのほうが速い」  強化系ナノマシンとつき合うには鍛練が欠かせない。この自堕落娘ではフルスペックを発揮できないだろう。 「離せよ。訴えるぞ」息を弾ませて言う。幼いがしゃがれている。酒とタバコで荒れた声だ。 「麻薬持ってへ駆け込むってか?」  少女は地べたに尻をつけた。扇情的な銀メタリックのショーツが丸見えだ。「逃げないから離せよ!」  シュウは細腕を解放した。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!