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一
「今日で終わりね……」
今宵は、学園最後の日。
学園の卒業を祝う舞踏会が、王城の王の間を貸し切り開催されていた。まだ相手のいない者は相手を見つけようと着飾り、エルモは最後になるであろうドレスを身にまとう。
国王陛下、王妃の到着を待たず。
エルドラッドは愛しき姫を腰に抱きよせ、舞踏会の中央でたたずむ私――エルモにいい放った。
「公爵令嬢エルモ・トルッテ。あなたとの婚約を破棄する」
エルモは乙女ゲームと同じ台詞をいったエルドラッドに驚き、少しの胸の痛みと、これで自分の役目は終わったのだと安堵した。
すべてを受け入れて、昔と変わり大人びたエルドラッドにドレスのスカートを掴み、深くこうべを垂れる。
(ほんとうなら"エルドラッド様、何故?"だと、泣き叫ぶ場面ですが……こうなる前に散々泣いたので……涙は枯れてしまいましたわ)
私からあなたへ、ゲームとは異なる台詞を返しといたしましょう。
「エルドラッド・ファレーズ王子殿下、婚約破棄を承諾いたしました」と。
❀
エルモが前世の記憶を思い出したのは十二歳のとき。
それは真夏の暑い日差しが照る午後。
庭園の木の木陰に座り、いつもの様に王子と植物図鑑を並んで眺めていた。
エルモの頬にかかった髪をあげようと、エルドラッドの手が触れた瞬間、激しい頭痛に襲われた。
「ウ、グッ――頭が……ッ」
「どうした、エルモ? エルモ、大丈夫か? だ、誰がここに来てくれ!」
激痛で頭を押さえ、苦しむエルモを心配するエルドラッドの声を聞きながら………ここは前世、好きだった乙女ゲーム『精霊獣に好かれた少女は誰と恋をする』の世界。
そして、私は……ヒロインに意地悪をする悪役令嬢エルモ・トルッテだと思い出して……気を失った。
ここは精霊がいるとされるファーレズ国。
ヒロインはこの国に住む平民で、ピンク色の髪、ピン色の瞳のリリアという女の子。
子供のころ。夏が来るたびリリアが住むトト村の近く、貴族達の別荘地に遊びに来ていた貴族の男の子と知り合う。
はじめは貴族と平民だからと顔を合わせるだけだったけど、同じ歳の二人はしだいに仲良くなる。
そんなある日。
仲良くなった二人は近くにある『精霊の森』と呼ばれる森に出かけ。その森で傷ついた小さい白い猫を見つける。
『この子、お腹に怪我をしているわ!』
『ほんとうだ。はやく、手当しないと』
二人で看病するけど一向に猫の怪我は治らず、リリアは泣きながら『治って!』と願った。そのとき――リリアの体が金色に光る。
その光は怪我をした猫を包み込み、怪我を治した。
――怪我が治っても始めは警戒していた小さな白い猫は、徐々に助けてくれてリリアに懐く。
このときリリアが助けた猫は会うことさえ珍しいとされる。
精霊の森に住む精霊獣で、猫ではなくトラの精霊獣だった。
めったに懐かない精霊獣を容易く手懐け、怪我を治す回復の力を持つリリア。
不思議な力を持つリリアを、この土地の領地主――伯爵ドドリア・ルボックスは気に入り。リリアの両親に多額の金を渡して、伯爵家の養子にしてしまう。
リリアは、ルボックス伯爵家の令嬢となった。
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