その7.元生贄姫と旦那さまの変わった関係と変わらない日常。

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「何か読みたい本でも見つけたのか?」  入籍もアルカナで暮らし始めたのも急だったので、まだリーリエの荷物は最低限彼女が持ってきたもの以外なく、それ以外は手続き中だ。  そんな彼女が魔術書や仕事関係以外の本を抱えていたのでテオドールは物珍しげにそう尋ねた。 「私がいなくなってから、屋敷の書庫が随分充実したのですね。知らない娯楽系の本や小説がいっぱいでびっくりしました。そこから一冊借りてきたのです」 「ああ、貰うものも多くてな。屋敷の使用人達も識字率が上がって、貸し出し希望も多かったからノアに揃えさせた」  アンナのおススメで読んだ冒険小説が面白くて、その作者さんの別の作品なんですとリーリエは嬉しそうに話す。 「……無理をさせてごめん、ね」  ふっと、リーリエが表情を崩し、申し訳なさそうにテオドールに謝る。 「どうした、急に」 「その仕事の山、私のせいでしょ?」  そう言って苦笑したリーリエはテオドールに2杯目のミルクティーを差し出す。 「ここに来て、3年分変わったことや知らないことが沢山あることを知って、少しだけ、勢いで結婚した事を後悔しています」  ぽつりと本音を漏らすようにリーリエはそう話す。そんなリーリエを見返しながら、テオドールは静かに話しかける。 「リィは結婚、したくなかったか?」  その問いにリーリエはふるふると首を横にふる。 「私に3年時間が流れているように、旦那さまにも私の知らない3年の時間が流れていて、例えば屋敷の使用人達だって入れ替わってるし、旦那さまの仕事内容だって、今必要としている事だってあの頃とは違うでしょ?」  本一つとってもそうだ。変わらないものなんてなく、そんな中になんの準備もしていなかった自分が入ってきていいのだろうかと、リーリエは迷う。 「もっと、ゆっくり、お互いを知る時間を取ればよかったかなって。そうしたら、こんなに無茶をルゥに押し付けられることもなかったのにって。私が手出しできない奴ばっかり」  結婚の書類に印を押すとき、苦労しろよと言ったのは冗談ではなかったらしいとリーリエはため息を漏らす。 「せめて、領地の方はなんとか考えますから、もう少しお時間ください。公爵夫人として、あなたの負担にならないように」  リーリエがそう今後の抱負を述べていると、べしっとテオドールはリーリエの頭に手刀を落とした。 「あのなぁ、リィ。俺は別に俺が楽したくてリィと結婚したわけじゃないから」  テオドールはリーリエを手招きしてすぐそばに呼ぶとふっと笑う。 「俺も俺の知らないリィの時間に妬きそうになる」  テオドールがいない間に、実は彼女がアルカナにちょくちょく出入りしていて、間接的に助けてくれていたのだと結婚してから知った。  例えば、騎士団の制服の防御率。布自体に魔術式を組み込み、防御魔法を編み込んだ布の開発をフィオナ率いるノワール侯爵家が行ったが、その魔術式を考案したのがリーリエだったと知ったのも最近だ。 「リィのこと、今までの分も含めてこれから時間作って知りたいと思ってるし、ゆっくりでいいから、リィも俺の事を知って欲しい」  テオドールは長い指でそっとリーリエの頬を撫で、翡翠色の瞳を覗き込む。  テオドールの熱っぽい視線を感じながら、頬を染めたリーリエは、 「わかりましたっ! 推し公認で推し活せよって、事ですねっ!! なので今から全力で旦那さま鑑賞会を開催しようと思います」  お任せくださいと意気込む。  そんなリーリエの頭にべしっとテオドールはちょっと強めに手刀を落とした。
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