ただひと夏の打上花火

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 ──あの子が死にそうなんだって。  ペダルを漕いで、漕いで、走る。  街路樹、街灯、横断歩道。  周りの景色は既に光の速度で後ろへ流れていたが、これでも遅いと思ってしまう。  もっと早く走りたい。いや、いっそのこと空を飛んでいきたい。 「間に合ってー!」  思わず声が漏れる。  もし間に合わなかったら。病室のドアを開けた先のあの子が、二度と目覚めなくなってしまったら。  そんなのは嫌だ。約束したじゃないか、また花火を見ようと。約束したのだ、私はあの子の──。  そう思いかけた、次の瞬間だった。  けたたましいクラクションが耳をつんざき、とてつもない衝撃の直後、体がふわりと軽くなる。自転車を漕いでいたはずの足は、しがみつくものもなく宙を切った。  かと思えば、何度も体が打ちつけられる。ひどい拷問に遭っているようだ。  一体何度殴打されたのだろう。痛いのか、痺れているのかさえ判らなかった。  微かに感じる光から空の方角は判断できた。ぐるぐると回る光も、次第に弱くなっていく。最後には、真っ暗闇に突き落とされたかのように何も見えなくなった。  自分がどうなったのか、全く飲み込めない。しかし、ただひとつだけ分かることがあった。  私はあの子の、ヒーローにはなれなかった。
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