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両手にスーパーの袋を持っている老婆に「そこの格好いい兄ちゃん」と声をかけられた。 少なくとも俺はブサメンだ。お世辞にも格好いいと言われたことは生まれてから一度もない。スポーツも駄目だし。ブサメンでも160キロの球を投げれたり、ダンクシュートとかできたら「格好いい!」と言われるだろうけど。 だから、俺じゃないと思っていたら俺だった。 「兄ちゃん、耳が悪いのかい?」 俺の目を見る老婆。 「あの、俺に用ですか?」 「そうそう、私も歳かね〜。この荷物が重くてね」 「はあ、それは大変ですね」 「ほら」 どうやら老婆は俺に荷物を持ってほしいらしい。 その荷物が高価な物で、俺が泥棒だったらどうするんだ? いや、待てよ。俺に荷物を持たせて「中身が壊れた! 損害賠償だ!」の詐欺なのか? しかし、俺は普通の高校1年生だ。普通の制服を着ている。 泥棒をしたら高校に通報されてアウトだな。まあ、俺は泥棒なんてしないけど。 ならば、中身が壊れた損害賠償詐欺なのか。俺の親に払わせるつもりか? そんな事を考えていたら、老婆が「ただの水だよ」と袋の中身を見せてくれた。 確かに、大きなペットボトルに透明な物が入っている。 「水ですか?」 「そう、霊験あらたかな山の水だよ」 「……何かの呪文ですか?」 「霊験あらたかな山の水」 「よく分かりませんが、水なんですね」 「そうそう」 まあ、水なら運んでも大丈夫か。 「家は遠いんですか?」 「ここから歩いて15分かね」 「なら、大丈夫です」 「そうかい、助かるよ」 「はあ」 俺はまったく助からないけどね。 俺は老婆から水の入った袋を受け取った。 確かに重い。 「しかし、兄ちゃんは本当に格好いいね」 「……あの、馬鹿にしてます?」 何度も言うが、俺は本当にブサメンだ。 「格好いいのは兄ちゃんの心だよ」 「え?」 「兄ちゃん、人間は顔じゃないからね」 「……はあ」 それから、歩きながら老婆は身の上話を話しだした。別に知りたくもなかったけど。 「私はね、空手バカ一代が好きでね」 「何ですか、それ」 「空手バカ一代、知らんのかね?」 「カラ手形の代金ですか?」 「空手の強い男の事だよ」 「はあ」 「私も熊を倒したくて、何十年も山で修行をしてたんだよ」 「え! 熊を倒せるんですか?」 「倒せないよ」 「え?」 「私は動物も好きでね」 「え?」 「熊を倒したらかわいそうだろ」 「はあ」 「結婚もしないで修行してたら、気づいたらこの歳だよ、まったく」 「はあ」 「兄ちゃん、弟子にしてあげるよ」 「え?」 「荷物持ち……いや、弟子が欲しかったんだよ」 「えっと……」 荷物持ちが欲しいんだな。俺に定期的に山から水を運ばすつもりなのか? 「あの、俺も何かと忙しいので」 「兄ちゃん」 「はい」 「私の弟子にならないと、兄ちゃんはヤバいよ」 「え?」 「あー、かわいそうに。南無南無」 「あの、俺がどうかしてるんですか?」 「かわいそうに、南無南無」 「あの」 「弟子でも身内でもないのに助けないよ、私は」 「……」 いや、俺はお婆さんの弟子でも身内でもないのに、こんな重たい水を運んであげて助けてますよね。 「弟子になれば、俺は助かるんですか?」 つい、流れで聞いてしまった。 「万事、任しときな」 「でも、ですね」 「何だい」 「授業料? とか払えませんよ」 自慢ではないが、俺の家は普通に貧乏だ。 「いらないよ」 「無料?」 「逆に」 「え?」 「月に3万円あげるよ」 「は?」 「足りないかい?」 「え?」 「じゃあ、5万にするかね」 「……あの、水を運ぶだけで月に5万円をくれるんですか?」 「空手の修行もしてもらうよ」 「え?」 「私は空手の師匠だよ」 「空手の修行は……ちょっと」 「いざって時に女も守れない男はクズだよ」 「え?」 「女を守れるくらいにはしてあげるよ」 「……」 確かに、夜の公園とかで襲われている女性を助けるとか格好いいな。 確かに俺は、格好いいのに憧れている。授業料は無料で月に5万をもらえるのも魅力だ。 空手が強くなれなくても体力はつくだろうし、少なくとも水を運んでたらお金はもらえる。 「師匠、よろしくお願いします!」 「任しときな」 俺は、会ったばかりの老婆の弟子になった。
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