プロローグ

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プロローグ

 田辺奈緒、23歳。看護師になって3年目。  地元の市民病院の外科病棟で看護師をしている。  趣味は休みの日に父の七輪で焼き鳥を焼いたり、キノコを焼いたり、魚を焼いて、更に缶ビール片手に楽しむ…おうちバーベキュー。 勿論ジャージ。 彼氏は居ない。  過去に一週間だけ居た事があったが…あまりの女子力の無さに振られ、それ以来彼氏は出来ない…。  小学校から中学校への変わり目の2ヶ月間の間に、恐れ多くも一軍男子に恋をして2連チャンで振られた。  決してブスでは無いはずなのだが…。  奈緒は頭も良く、しっかりしている為か?男子達から恋愛対象に見られづらく、お母さん的な立ち位置で居る事が多かった。  友人たちからのバースデーメッセージや、卒業時のメッセージに「ママ」と書かれることが多く、本人も自覚はしていたが、世話焼きで学生時代はほぼ終わり、そして…現在に至る…。 「田辺さーん、502の沢村のおじいちゃんの点滴見てきてくれる?そろそろ終わりそうだから。」 「はい。」  奈緒は病棟看護師だ。看護師になった理由は、早く社会人になってバリバリ稼いで、海外旅行や国内旅行へ行き、人生を楽しむ為という理由。  他には人の役に立つ為…と淡く思い、看護師という職業を選んだ。 「奈緒〜、今日さぁ、終わったら…飲みに行かない?」  奈緒の同僚で看護学校時代の同期、採血が特技の里元由樹が満面の笑みで声を掛けて来た。 「あ、いいね〜、行こう!行こう!がっつりと生中飲みたい!!」 ジョッキを持つジェスチャーをしニカっと笑う。 「あんた…生中って…そんなんだから彼氏出来ないんじゃないの?」 由樹は苦笑いしながら奈緒を見るが、奈緒は何の事?と急に澄ました顔をして、患者の検温へ行くと言い残し、ナースステーションを出て行った。   「奈緒ちゃーん、お腹空いた時におやつくらい食べちゃダメ?」 「加藤さん、胃の手術をして胃を半分取ったでしょ?ダメです!!我慢して!」 「厳しいなぁ…」 「そんなの食べたら、入院長引きますよ?まぁ、加藤さんが入院生活をエンジョイしたいなら好きなだけ食べてもらってもいいですけど?」 奈緒は聖母の様ににっこりと微笑む。 「う…それはイヤだから我慢するよ…。」  外科病棟で働いているとそんなやり取りは日常茶飯事で、奈緒は両親や祖父母と同い年の中高年とのやり取りが楽しく、外科病棟でも中高年男女からの評判はとても良かった。  気さくに話すのと病気療養中の患者の淡い望みを笑いにすり替える所が受けがいいのだろうと仲間たちは話している。  夜勤との交代時間になり、申し送りも済ませ奈緒は由樹と着替えていそいそと軽い足取りで病院を出る。 「さぁ!何処へ行こうか!!駅ビル迄出るか?隣町の居酒屋迄繰り出すか?どうする?」 いつも通り由樹はスマホで美味しそうな料理のある居酒屋を検索し始める。 「由樹はつまみ重視なのか?お酒重視なのか?どっちよ?」 奈緒は笑いながら聞く。 「うーん、お酒かな?チャミスル飲みたいなー。」 「…悪酔いするわよ。」 「まぁねー。でもやっぱりお酒とお料理両方取りたいわよね。」 「じゃあ、やっぱり一駅先のいつもの駅前居酒屋にしようか?よってこや。あそこなら種類も多いしつまみも多いし。ゲテモノ料理もあるし!!」 「またカエル食べるの!?あ!あそこの居酒屋の店長ってネーミングセンス悪いわよね?」 由樹は真顔で奈緒に話す。 「えー?何でそう思うの?」 「だってさ、あそこ店のレイアウトや雰囲気は凄くおしゃれじゃない?なのに店の名前がよってこや。」 名前ダサ過ぎじゃない?と同意を求めてくるが、奈緒は店長の人柄が出ている名前でいいじゃないか?と宥めた。  駅に着き、改札を出て直ぐ左手の駅ビル内にその居酒屋はあった。 奈緒が子供の頃はかなりさびれつつあった街だったが、再開発が本格的に行われ今では賑やかになっていた。  居酒屋の入っているビルはガラス張りで中から外の景色も良く見え、景観もまぁ良い方だった。  エレベーターで3階迄上がり、ドアを開けると居酒屋の店長が丁度二人を出迎えた。 「おぉ!いらっしゃい!!また寂しく女二人で来たのかぁ!」 奈緒も由樹もよってこやの常連で、店長に既に顔を覚えられており、職業も看護師をしているという事も知られていた。 「店長…寂しくまたって…。窓側の席って…いつもの所まだある?」 奈緒はお気に入りの大通りの道路沿いの窓側席が空いているか聞いた。 「あるよ。そろそろ奈緒ちゃんと由樹ちゃんが来ると思って予約札をちゃあんと置いてあるよ。」 店長はそう言って朗らかに笑うと、おしぼりを持って二人を二人のお気に入りの席へ案内した。  奈緒と由樹はいつでも1杯目は必ず生中を注文し、二人で乾杯して宴を始める。 「さぁ、今日は何を食べましょうか?あぁ、カエルだったわね。」 由樹は笑いながらメニューを開き、旬の食材メニューやいつもの定番品をタブレットへ打ち込んで行く。 「あ、由樹。このタコ酢注文して?」 「タコも…好きね、あんた。」 「だってタコ美味しいじゃない?たこ焼きが一番好きだけど。」 奈緒はそう言って笑う。注文が一通り終わり、勤務終わりの解放感で二人は豪快に酒を進めて行く。 「何かさ、看護師って思っている以上に結構肉体労働よね?」 由樹は昼の勤務で患者の体位変換で肩から腰からバッキバキで痛いと言いながら笑う。 「まあね、大怪我してる患者の体拭きとかさ、しかも巨体の人だと重労働。例のウィルスから家族が容易に出入り出来なくなったじゃない?だから看護師と看護助手さん達の仕事が結構倍増したわよね?」 奈緒は忙しくて段取りを間違えると悲惨だと嘆く。 「そうねー、仕事増えたわよね。あ、でもさあのウィルスもかなり無くなって来たけどさ、今は外ではもうマスクしなくていいって政府が言ってもやっぱり日本人って神経質な人も多いから未だにマスクしてるわよね、外でも。私もだし。」 「もし、あのウィルスがその辺フヨフヨと浮遊してるかもって思うと…マスク取れないよね?」 二人でもうあの大変な思いはうんざりよね?と話し、更にお酒も進み、プライベートの恋バナも始まる。 「由樹はいいよねー、外科の橋野先生とラブラブだもん。医局で話題持ちきりよ。」 羨ましい…と窓の夜景を見つめながらため息を吐く。 「えー?ほんと?あ、奈緒は?好きな人、出来…るわけないか。干物女子だし。」 いつも家だとジャージだもんね!と由樹が吹き出す。 「あんたねぇ、失礼よね?干物って…まぁあながち間違いでも無いけど…高校の時に一度付き合って以来無いもん。」 頬杖をつき、更に溜息を吐くと、由樹が顔を覗き込む。 「奈緒が恋愛がこりごりってなった原因って…えと…小中学の同級生の奏斗ってヤツのせいだっけ?」 由樹はつまみを突きながら思い出したように聞く。 「あぁ。うーん…元々好きなタイプじゃなかったのよね。授業中うるさいし、下ネタばっかり話すし、その頃の私は品行方正な真面目な優秀な生徒だったから。」 奈緒が自分についてドヤ顔で言うと由樹は笑う。 「今でも優秀な看護師だと思いますよ。」 「あら、ありがとう。で、中学入る前に奏斗とLINEの交換したんだよね。聞いて来たのも向こうだったんだけど。で時々やり取りするようになって…で、思わせぶりな態度とかされて…」 「好きになっちゃった?」 「そう。純粋だったから。で、告白したら…急に冷たい態度をされるようになって…」 「THE END。」 「そう。それ以来男の子の好意も信じられなくなった。お陰で干物よ。」 奈緒は枝豆をぽいぽい口に運びまた溜息を吐いた。 「その奏斗ってヤツ、今何してんの?」 由樹は興味深そうに聞く。 「あぁ、そいつさ、この街の有名な花屋の息子でさ。」 奈緒が話すと由樹は目を見開きテーブルから身を乗り出す。 「え?まさか?!あの自社で花も育てて、特にバラが有名で、花屋も経営して、世界中のフラワービジネス網羅しているSNOW FLOWER?!」 「あぁ、うん。そう。SNOW FLOWERの今井奏斗ってヤツ。まだ継いでないだろうけど。由樹、よく知ってたわね。」 「え?!知ってるわよ!!この市の有名人じゃん!?今井奏斗って!!こないだビジネス雑誌に花業界の異端児って取材記事載ってたわよ?!あんた知らないの?!」 由樹は驚いて奈緒の顔をまじまじと見る。 「興味ないもの。昔振られてるし。」 「根に持ってんの?」 「持ってない…多分。」 とは言ったものの、実は奈緒は未だにその時の心の傷を引きずっていた。  ただでさえ本来なら絶対に選ぶことも無かったタイプの奏斗に一瞬とはいえ惚れてしまい、イケると思い告白し、その矢先に即座に玉砕し、人生で短期間で初恋に続き2連チャンで振られるという偉業を成し遂げてしまった。  仲間内でも未だに爆笑ネタにされてプライドは当の昔にズタズタだった。 「SNOW FLOWERの奏斗君ならたまにうちの店に来るよ?花と観葉植物のディスプレイで来てくれるんだけどね。」 注文した料理を運んで来た店長が話に入って来た。 「え?マジ?ちゃんと仕事してるんだ。」 奈緒は驚いて目を丸くする。 「随分ヤンチャだったみたいだね?奏斗君。今ではほんとに花と空間ディスプレイにおいては本当にセンスが凄く良くて、仕事熱心だよ?」 店長は奏斗を褒めちぎり、奈緒は昔のイメージがあるので信じられずにいた。 「はぁ。当時のヤツの悪事を店長に見せてあげたいわよ。てか、あいつスポーツ選手になるとか言っていたのに?高校もそれで進学したはずだけど?結局やめたのか?」 奈緒が首を捻ると店長が話し出した。 「奏斗君、高校の時に試合中に大けがしたんだよ。」 「え?」 奈緒は初めて聞いたと驚く。 「それで、脊髄損傷してね…バスケやめたんだよ。」 「え…そうだったんだ。知らなかった。」 店長は奈緒に奏斗の話をして厨房へ戻って行った。 「それで家業を真剣に継ぐ気になったってわけね?それで今では有名なフラワーデザイナーってとこかしらね?」 由樹は目をランランとさせてチャンスじゃない?と奈緒を見る。 「あのさ…どうかは知らないけど、何故そんな顔をして私を見るのよ?」 奈緒は口の端が上がる。 「え?店長にセッティングしてもらえば?」 「何故?イヤよ、あんな変態スケベ野郎。」 「えー!?写真見るとそんな風に見えないわよ?ただのイケメンにしか見えないけど?」  由樹は店内にあった奏斗の取材記事が載った雑誌を席まで持って来て奈緒に見せる。 「あー…顔変わってないわぁ。もっと子供の頃なんてお坊ちゃまみたいだったのよ?前髪ぱっつんで。」 奈緒は思い出して笑う。 「そんな昔の事思い出して笑えるならさ、奏斗さんにさ、何で態度が冷たくなったのか今なら聞けるんじゃない?」 「いいよ。今更聞きたいとも思わないし、聞こうとも思わないし。アイツ血液型B型なの。それで調子こいて勘違いされても困るから聞きたくないわ。」 奈緒は気分を変える様にレモンサワーを追加注文してカエルのお肉と共に飲み進めた。  由樹と楽しく話していると、外から激しく何かがぶつかった大きな音が聞こえて来た。 店内に居た客たちは一斉に窓の方を見る。 眼下に見える大通りではワンボックスカーと乗用車がぶつかって乗用車は前が完全に潰れ、ワンボックスカーは横転していた。 「うわー…あれヤバそうだね…。」 奈緒は苦い顔をして外を見る。 「明後日出勤したら絶対にあの人たち外科病棟に居そうよね…。」 由樹は患者が増えたわ…と溜息を吐く。  奈緒は飲みながら外を眺めていると救急隊と警察が到着して、車の中からケガ人を救出し始めた。 「うわー、あの人頭から血ぃ流してるよ。あれ、大丈夫か?」 由樹も言いながら様子を見守る。 「あ、れ?」 奈緒はワンボックスカーから運び出された一人の男性を見て首を傾げる。 「奈緒?どうしたの?」 「ん?あれ…今運ばれてるあの人、奏斗に似てるなって…」 「えー?!うそぉ。今井奏斗?人違いじゃない?」 「そうね、似た人なんて世の中3人居るって言うし、気のせいか?」 奈緒は気を取り直して、外を気にしつつも由樹との宴を楽しんだ。  
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