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隠したい、でも、この恋心を知って欲しい──…
そんなジレンマを響と会うたびに感じずにいられない良太は、その感傷をを吹っ切るように一度強く目蓋を閉じると、その腕に大人しく抱かれつつも思慕の色を滲ませた眼差しで見つめてくる響の心を誤魔化すような誘い文句を、甘く、優しく…囁いた。
「シャワー、浴びようか…?」
──…その、瞬間。
自分の腕に大人しく抱かれる響の姿と、良太がずっと心の中で引きずっている『過去の幻』とが重なり合い、渇望してやまない良太の夢を叶えるかのように…目の前にいる過去の幻影とよく似た容姿を有する響が、小さく頷き応えた。
「…」
過去と現実とが倒錯するその幻で、良太の夢は――叶った。
良太が夢中になって追い求めずにいられない『愛する人』と響が重なり合ったことで、心の中にあった暗い想いが、目映いばかりの光で白く塗り潰される。
そして、その不安に揺れ動く心を安心させるように、はにかんで笑う響が醸し出す和らいだ空気が、良太を夢心地の境地へと誘った。
それは、幸せの証。
そう――良太は、響の心を自分に引き込むことで、渇望して止まない幸せな夢を、手にすることができたのだ。
そんな、語り尽くすには言葉足りずだと思うほどの心地好さに酔うことができる自分は、誰より『幸せ』になれるのだ。
──だけど…
だけど良太は、全身全霊でその幸せを実感し、決して満たされないことも…知っていた。
「…」
今、現実に見つめ合う響が、知るはずもない、良太が隠している『本心』。
それを知らず、良太を好きだと思っている響へ自分が生み出したまやかしと姿かたちを重ねることで愛情や安らぎを得ても…
体を重ね合わせることに慣れた二人の心が、真の幸福を得ることは――ないの、だった。
「──さすがに三日も泊まれないもんね」
良太の素肌に抱かれ、まどろんでいた響は、うっとりと満足げな表情をしてそう呟いた。
行為の名残をそこはかとなく薫らせている響を見た良太は、
「泊まって行けるのか?」
と、ごく当たり前な疑問を口にした。
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