やる気のない魔女

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やる気のない魔女

 退屈だった神は、美しく完璧な世界にいびつなものを造った。  大地を造り、そこに生命を与え、それらの頂点として人間を造った。  時を経て神の手を離れた人間たちは、好き勝手に生きるようになった。  自己の利益を求め、欲望のままに争いごとを繰り返す人間たちに、神は大いなる(うれ)いを持った。  神はそれでも人間たちを愛していた。だから神はわたしを造りだした。  わたしに魔女の称号を与え、人間たちの脅威となるよう神は命じた。  神の望みのまま、わたしは災いをおこした。人間たちが争うたび、大量の雨を降らせ、日照りにし、時に大地を大きく揺さぶった。  人間たちはわたしを共通の敵とみなし、ひとつに団結するようになった。  やがておこる不都合はすべて魔女のせいとなり、災いをおこさなくても人間は魔女を憎むようになった。  わたしはやる気のない魔女になった。魔女としてただ存在すればいい。指一本動かさなくても、わたしは役割を果たせるようになったのだから。  やることがなくなったわたしは退屈になった。  ある日、きまぐれで竜人の子どもを拾った。成長し青年となった竜人を、わたしは退屈しのぎで性奴隷にした。  高潔な魂を持つ竜人一族は、気位の高い生き物だった。力でねじ伏せ屈服させる。竜人に与える(はずかし)めだけが、わたしが唯一おこす災いとなった。  竜人にはカイトと名をつけた。この世界で名前は力の(みなもと)だ。真名(まな)を奪われた者は決して、わたしに逆らうことはできはしない。 「さぁ、もっと腰を振りなさい」  屈辱の瞳で言われるままに、カイトはわたしに快楽を与え続ける。  カイト自身に果てることは許さず、わたしが満足するまで奉仕をさせた。  憎悪の混じる視線がたまらなくゾクゾクした。見下すわたしを睨みながら、カイトはいつでもわたしのいいところを探す。  苦痛のにじむカイトの顔は、それはそれは美しかった。肌に落ちる汗すらも、甘美な酒に思えるほどに。 「はぁん、もういいわ。好きに果てなさい」 「ああっ、魔女、魔女、魔女……!」  ようやく出た許しの言葉に、カイトは一気に上り詰める。うねるわたしの子宮の奥に、熱い欲望が解き放たれた。  この時のカイトがいちばん綺麗だった。我慢させればさせるほど、その美しさが際立った。  カイトが唯一わたしを呼ぶ瞬間だ。それは至福の時だった。誇り高いカイトの世界が、わたし一色で満たされる。  ある時、ふくらんだ世界の不満を解消するために、人間は魔女を討つことを決めた。  諸悪の根源を消し去ることで、人間は心の安寧を手に入れようとした。それは神がもっとも望むものだった。だからわたしは殺されることを受け入れた。  哀れな竜人は逃がしてやることにした。罪なきカイトに死ぬ理由は何もない。 「我が名はメデイア。神に造られし凶悪な魔女だ。お前の真名は返してやる。さあ、これでお前はもう自由の身だ」  カイトを安全な場所に解き放ち、わたしは迫りくる人間たちを迎え入れた。  人間は無事魔女を討ち取って、わたしの退屈な日々は終わりを告げた。  世界は平和を取り戻したのだろう。  死んでしまったわたしには、その世を見ることは叶わない。 「カイト、どうして……!」  死を司る魔王がこの世界を襲った。勇者も仲間も、すべて焼き払われた業火の中で、わたしは突然記憶を取り戻した。  厄災の魔女は、魔王を討伐する人間に生まれ変わっていた。  自由になったはずのカイトが目の前にいる。世界を破滅に導く恐怖の魔王となって。 「なぜ我が真名を知っている?」  血の通わない声でカイトは言った。そこにあるのは凍てつく憎悪だけだ。 「わたしはかつてメデイアだった者。カイト、お前の目的は一体なんだ」  その瞬間、カイトはわたしを攫った。  気づけば魔女のねぐらの城にいた。幾度もカイトを辱めた、あの大きな寝台の上だ。  そこにわたしを組敷いた状態で、カイトは射殺さんばかりに睨みつけてくる。 「魔女の名を気安く名乗るお前は何者だ……理由によっては今すぐ殺す」 「理由も何もメデイアは我が真名。姿かたちが変わろうとも、魂の在り方は変えられない」  人の力しか持たないこの姿では、かつての威厳など出せるはずもなかった。それでもカイトから目を逸らさなかった。カイトが魔王になった理由が知りたかった。高潔なカイトがなぜそうなってしまったのかを。  その答えを与えられることはなかった。震える唇でカイトはわたしに口づけた。それから壊れ物を扱うように、カイトは人間であるわたしを抱いた。 「あっあっあっ、だめ……そこ、もうっ……だめっ」 「まだだ。メデイア、お前はこんなものでは満足できないだろう?」  狂おしいほどに甘くもどかしく、カイトは快楽を与え続ける。硬くなった乳首を指で弄びながら、あわいの上の蕾を強弱をつけ(ねぶ)ってくる。増える指が蜜壺をかき回し、奥のざらつきを執拗にこすった。 「あっあんっ、や、はぁんっ」  終わりを見せない行為に、狂気が見え隠れする。魔女であった記憶は戻っても、体は無垢な娘のままだ。 「この器は男が初めてなんだな」 「分かってるなら……あん、手加減を、して……っ」 「ああ、やさしく抱いてやる。俺なしではいられなくなるように」 「そんなっ、ああん、お願い、も、入れて欲し……もどかしくて、我慢できない……」 「好きなだけくれてやる!」  そそり立つ高ぶりを、カイトはわたしに押し当てた。求めていたものが粘膜をかき分け、ずぶずぶと奥に侵入してくる。焼け付くような痛みの先に、待ち望んでいた快楽が訪れた。 「カイトっカイトっカイトっカイトっ」 「ああ、メデイア、俺だけの魔女……っ!」  カイトが精を解き放ち、わたしの奥を満たしていく。カイトの力が肉体に広がって、ただの人間だったわたしは竜人の(つがい)となった。 「もう逃がさない。メデイア……これでお前は俺のものだ」  力なく仰向けになるわたしを覗き込むと、カイトの瞳から涙が溢れだした。ぱたぱたと落ちる雫はとてもあたたかかった。  そのときに真実を知った。メデイアを失ったカイトは人間を憎んで魔王となった。  この世に魔王を生み出すために、神は人に魔女を殺させたのだ。  ――メデイアがやる気のない魔女だったから   役割を果たさなくなった魔女を見て、神はさらなる邪悪を求めた。人間たちを一致団結させ、世界をひとつにまとめ上げるために。  勇者の仲間だったわたしは知っていた。  人間たちが恐ろしい兵器をもって、魔王の根城を壊滅させようとしていることを。  人がいる限り、神は魔女や魔王を造り続けるだろう。  だがカイトは魔王にならなくて済んだはずだ。  竜人の番となったわたしは、魔女の力を少しだけ取り戻していた。魔女とまぐわったカイトは、メデイアの力を分け与えられていたから。 「カイト……メデイアはもうカイトのものよ」 「ああ、俺もまたメデイア、お前のものだ」  魔女の力が告げている。人間たちがこの城を取り囲んでいると。  カイトが魔王になった責任はこのメデイアにある。  誇り高かった魂を、こんなにも汚してしまった罪は重い。 「カイト、わたしを愛してる?」 「ああ、俺はメデイアを愛している」 「だったらずっと一緒にいて」  人間たちが仕込んだ火薬に火を放つ。  今逃げおおせても、人間たちはカイトを悪としてどこまでも追ってくるだろう。 「このまま永遠に眠りましょう。二度と離れてしまわないように」  至福の笑みを浮かべ、カイトは頷いた。白いシーツの上、互いを強く抱きしめ合う。  世界は炎に包まれ、わたしは最後にカイトに口づけた。 「カイト」  愛しく名を呼び、わたしはカイトから真名を再び奪った。竜人の力も魔女の力も魔王の力さえも奪い取り、カイトの魂を安全な場所へと解き放つ。 「メデイア……!」  絶望の顔でカイトがこの場からかき消える。  魔女に戻ったわたしの願いを、神はひとつだけ叶えてくれた。カイトの命は肉体を離れ、真っ白な魂となって再び生まれ変わった。  今度こそカイトは自由になった。メデイアに縛られることは二度とない。  そして世界は平和を取り戻した。  再び災いをもたらす魔女を手に入れた人間は、魔女を憎みながらまたひとつとなった。 「ようやく見つけたぞ、メデイア」 「なぜお前がここに……」  メデイアには分かる。今、目の前に立つ青年はカイトであると言うことを。 「姿かたちが変わっても、魂の在り方は変えられない。そう言ったのはメデイアだ」  メデイアは逃げられない。カイトの魂がメデイアを求める限り。 「また来たのか。カイト、お前も懲りない奴だ」 「何度でも思い出して辿り着く。メデイアこそ、いい加減俺を受け入れろ」  生まれかわってはカイトはメデイアの元にやってくるようになった。一度だけ交わり、真名を奪って再び魂を解き放つ。  災いをもたらす魔女は、その時だけ愛を知る魔女になった。  考えることをやめた人間たちは、それを知ることは叶わない。
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