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1.別れ
四十歳の誕生日を目前にして、小路英司は離婚届を書いた。
令和三年、区長殿。緑色の枠は、氏名住所、本籍や父母。果てや離婚の種類をチェックする箇所まで用意されていた。
A3の紙は思っていたよりも普通の紙質で、先に記入されていた妻の文字に緊張しつつ――あっというまに記入が終わった。
「この離婚届……どこで貰ったの? 区役所?」
「コンビニでプリントしたの。別に気にしなくていいわよ、10円や20円くらい」
「……そう」
ボールペンを置いた。
そして、昼間のペットボトル緑茶をぐいと飲み、妻の横顔を見た。つんとした鼻先に、小さな唇。いつもの見慣れた顔だ。きっと今日が妻と過ごす最後の夜なのに、ふしぎとちっとも寂しくなかった。
「明日はバタバタ騒がしくしちゃうから、ごめんなさいね」
「そうか、もうここ出るの?」
一軒家の生活感は、もうすでに半分以上持ち出されていた。残された段ボール三つとキャリーケースだけが、玄関に置かれているはずだ。妻はどこかほっとしたような顔で微笑を浮かべた。
「人生に限りはあるからね。もう明日には、さよならだね」
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