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リリイズ・イン・ジ・アンダーグラウンド
所長から呼び出された先で紹介されたのは、二人の可愛らしい少女たちだった。
「初めまして、阿見笠由里です。こちらは妹の――」
「阿見笠凜々衣です!」
中学生と小学生くらいの、頭ひとつ分ほどの年の差だろうか。急にこんな子どもを紹介されて、俺は面食らった。
「なんですか所長、このガキども」
「こらこら多々良ヶ丘くん、いい歳の男がレディに対してそんな粗野な口の利き方はよくないな」
所長は整えられたマスタッシュ髭をつまみながら柔和な笑みを浮かべた。人が良さそうな好々爺に見えるが、騙されてはいけないことを俺はよく知っている。
「この子たちは立派に成人している」
「は? 見るからに小便臭いじゃないですか」
「能力開発の段階で成長が止まっていてね」
ほら、さらりと恐ろしいことを言ってのける。このたぬきじじいはそういう男だ。
この研究所ではある目的のために、暗黙裏で人体実験を行っている。それを主導しているのは他ならぬこの鷺沼所長だ。
たった今この男は「能力開発のために二人の女の子の身体の成長を止めました」と言ったのだ、微笑みをたたえながら。
「今回の仕事には彼女たちも君に同行する」
「……はあ」
「よろしくお願いします。足を引っ張ることのないよう頑張ります」
姉の由里が俺に向かって恭しくお辞儀をした。丁寧で真面目そうな子だ。真っ直ぐ伸びた黒髪がブラウスの胸元まで影を落とす。
「多々良ヶ丘お兄さんよろしくお願いします!」
一方、凜々衣は柔らかなツインテールを揺らして俺の腰周りに抱きついてきた。無邪気そうに見える。実際、往来でこんな姿を見られたら通報されそうだ。本当に成人しているのか? まさか精神の成長まで止めたんじゃないのか?
「彼女たちの実力は間違いなく高水準だ。確実にターゲットを仕留めてくれるだろう。君は今回、その『目』を使って補佐に回ってくれ」
鷺沼所長は口元の皺をいっそう深く歪めた。
※ ※ ※
「好きなものを頼めよ。予算は上から十分出てるから」
「やったあ!」
凜々衣が嬉々としてメニュー表を手に取る。
研究所で段取りについて簡単な打ち合わせを済ませたあと、俺たちは昼食を取りにファミレスへと来ていた。由里が凜々衣の横に座り、姉妹そろってメニューを眺めている。見れば見るほど普通の姉妹だ。あのおぞましい研究所で兵器として「開発」されたとはとても思えない。
そう、あの研究所は生体兵器の――
「多々良ヶ丘お兄さん! ねえってばあ!」
凜々衣の声で、俺はハッと我に返った。由里までもがこちらを不思議そうに見つめている。
「大丈夫ですか? 具合でも悪いのですか」
「じーっとこっち見てて変なの! お兄さんもロリコンさんなの?」
「はあ!?」
思わず大きな声を出してしまい、周りから怪訝な視線を浴びてしまう。すみませんと軽く会釈をしてから、俺もメニューをめくった。
「私はランチセットの……このハンバーグのにします」
「あっハンバーグいいなあ! でもオムライスも捨てがたいなあー」
「分けっこしたらいいんじゃねえのか」
和食のコーナーを見ながら何気なく言った俺の一言に、由里が返してきたのは意外な答えだった。
「できないんです」
「え?」
静かな声に顔を上げると、由里は変わらずメニューを見ていた。
「食事の共有は研究所から禁止されています。コップやカトラリーなどの食器類も必ず別々のものを用意されるんです。分けっこなんてもってのほかです」
「姉妹なのにか」
「そうです」
「それは……能力に関係あるのか」
「ええ」
実を言うと、先ほどの打ち合わせで俺は阿見笠姉妹の能力を聞かされていなかった。
所長いわく「伝えると君は辞退するだろうから」とのことだったが、今回の件で彼女たちと組めるのは俺しかいないらしいので特に異論はなかった。
「気になる? 多々良ヶ丘お兄さん」
凜々衣がいたずらっ子そのものの顔をしてにんまりと笑った。
「別に……仕事の遂行に支障がなければそれでいい。俺の役目は今回ターゲットの動きを『目』で見てアンタたちに伝える、それだけだ」
「楽しみにしててね。すんごいの見せちゃうよお」
俺の言葉など、何にも聞こえていないかのようだった。
※ ※ ※
俺たちはいわばサイボーグのようなもので、引き取り手のない子どもや行き場のない若者が身体のあちこちを弄られ、生活の保障と引き換えに汚い仕事をやらされる。
研究所と言う名を冠しつつも、実際のところは「殺し屋」にすぎない。
今回の一件で俺が引き受けたのは、阿見笠姉妹のいる建物とは別の場所からターゲット、そして阿見笠姉妹を壁越しに『見』て、指示を送ることだった。
ターゲットは政界でもわりと名の知れた二世議員だったが幼女性愛のケがあったらしく、実際に党員の子女に手を出してしまったことから手痛い「おしおき」を受けさせられる羽目になったというわけだ――我々の手によって。
カラオケ店の入り口まで送り届けた俺に、由里はただこう告げた。
「絶対に、何があっても現場に突入してこないでください」
「鶴の恩返しかね」
「私たちは見てくれこそ女子共ですが多々良ヶ丘さんよりも現場に特化しています。私たちを信頼してください」
そう言って、由里は真っ直ぐ店の中へ入っていく。そのあとを後ろ手でこちらに手を振りながら凜々衣が追いかけていった。
徒歩で何分もかからないところにネットカフェがある。今日の俺の待機場所だ。
個室を借りて瞼を下ろし、脳内で視界のチャンネルをザッピングさせる。例のカラオケ店の入り口に、餌につられて例のボンボンがフラフラと入っていくのが見えた。誘蛾灯に釣られる蛾のほうがまだお綺麗だと鼻で笑いながら、俺は通信機に小声で呼びかけた。
「ターゲットがそっちに行った」
「りょーかい!」
凜々衣の幼い声が聞こえた。正直なところ、まだあの姉妹を信頼できてはいなかった。彼女たちのやり取りを見ても「成人済かつ高水準の生体兵器」だとは到底思えない。
由里は突入するなというが、万が一力で組み伏せられたら抵抗できるのだろうか。もしかしたら筋力増強系の能力なのかもしれないが、それなら俺がわざわざ離れたここで待機させられるのも妙な話だ。
そうこうしているうちに、ターゲットが阿見笠姉妹のいる部屋に到着したようだった。俺は打ち合わせ通りに通信機を切る。
俺との顔合わせと同じように由里が一礼し、凜々衣がターゲットにやや過剰なボディランゲージを取る。ターゲットの男は彼女たちを外から見えない、かつ監視カメラの死角になる位置へと移動させた。
凜々衣が何やらはしゃいだ様子でターゲットと由里に話しかけている。由里は顔を赤らめて、恥ずかしそうにしてみせた。妹に手を引かれ、揃って背後のソファに腰掛ける。
そして、凜々衣が――由里を押し倒した。
(は……?)
顔を背けようとする由里を、凜々衣の小さな手が阻む。そしてそのまま顔を近づけ、ちろりと姉の唇を舐めた。
観念したように、由里も震える舌を凜々衣にのばす。それを逃がさぬように凜々衣の舌が絡みついた。何を、何を見せられているんだ俺は。全身の血が泡立つ。背徳感でくらくらするのに『目』を離すことができない。ぴちゃ、ぴちゃと唾液の絡む音さえ伝わってくる気がしてしまう。
姉妹の口付けはだんだんと深くなっていく。凜々衣が、妹が、姉の由里の唇の奥を暴いていく。昼間ハンバーグを頬張っていたそれが、今は自分の妹に蹂躙されている。ターゲットの男も食い入るようにそれを凝視していた。ここからでも十分ズボンの怒張が確認できた。ド変態め。
身動ぎする由里を、凜々衣が全身の体重をかけて押さえつける。由里の目尻から涙がこぼれ落ちた。凜々衣は更に舌をねじ込み、姉の粘膜を丹念に嬲り掻き回していく。深く、深く、深く。
やがて、唇が離れ、粘ついた糸が二人の間に伸びたとき、それは起こった。
ターゲットが胸を押さえてうずくまったのだ。
肩が異常なほど早く上下し、口から泡を噴き始めた。当惑の表情を浮かべていた双眸はやがてぐるりと白目を剥き、胸元を掻きむしりながら崩れ落ちる。
組み敷かれていたはずの由里がいつの間にか立ち上がり、ターゲットを感情のない目で見下ろしていた。しばらく様子を見たあと、おもむろに首筋に手を当てる。
「ターゲットの死亡を確認しました。多々良ヶ丘さんは合流地点へ向かってください」
その声はどこまでも冷たかった。
※ ※ ※
どうだったかね、と所長に聞かれて、俺は嘘偽りなく答えた。
「イカれてるなと思いました。なんですかあれ」
「阿見笠姉妹の体液は特殊でね。片方だけでは何も起こらないが、双方が混ざり合い空気に触れることで毒性のある気体を発生させる。同じ空間にいれば地獄行きだ」
「お灸を添えるだけにしては苛烈ですね」
「余罪が漏れる前に消しておきたかったのだろうな」
なるほど、俺が組まされたのは別空間にいる必要があったからか。毒の届かない場所からモニタリングできる奴は確かに俺しかいない。
「すごかったでしょお、多々良ヶ丘お兄さん」
「……別に」
「凜々衣、からかうのはやめなさい」
やり取りだけ見ていれば普通の、しっかり者の姉と生意気な妹にしか見えない。しかし彼女たちも間違いなくこの研究所の能力者だ。
絡みあう舌と舌を思い出し、ずくりと腰の辺りが重くなる。俺も彼女たちの毒にあてられているのかもしれなかった。
「まあそういうことだから、今後君たちにはチームで行動してもらいたい」
「は……はぁ!?」
「よろしくお願いします」
「頑張ろうね、多々良ヶ丘お兄さん!」
つくづくこの研究所はイカれている。
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